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「という事はもう着いたのか」
『屋敷からの連絡を受けて直ぐに、途中で拾わせたんですよ。企むなら、最後まで指示を出しておいてください』
おそらく手持ちの無い春之は公共機関を使えないだろうと、屋敷の者に車で送り届けろと言っておいた。そしてホテル側には、屋敷の者が連れているのがボロボロでも美しい者なら通せと言っておいたが、春之が自ら動き出した時の指示は出していなかったのだ。
八紘は内線機をギャラリーのスタッフに手渡し、次々と梱包を解かれ光を放つ雪春の絵をそっと見遣る。
「さてと、花嫁でも拾いに行くか」
八紘の愉しげな呟きに、たまたま傍を通ったスタッフがギョっと振り返る。それを無視して、八紘は軽い足取りでギャラリーを後にした。
ホテルに戻るには庭園の小道を通る。
四季折々で色を変える木々に、鮮やかな彩を放つ花々。
その中で唯一ドロドロなのに、一際の艶を放つ華。
その前で八紘は無言のまま歩みを止めた。
「何かお役に立てる事があるなら、僕を拾って頂けませんか」
真っ直ぐにこちらを向き挑む様に、八紘の奥底でこの美しい視線を寄こす獲物を手中にすべく、雄の本能がザワザワと騒ぎ出す。
「また、絵理沙の身代わりになると?」
ビクリと肩を震わせて、それでも明確な頷きと共に「はい」と答える。
「春之」
呼びかけに答えたのは彼ではなく、微かにクシャリと紙を握り潰す音。
それは八紘が斉木に事付けた春之への手紙。
――見つけた絵理沙が再び逃げた。弓束に婚約破棄と掛かった費用の賠償請求をする代わりに、雪春の絵を全て売り飛ばす――。
いつ来るかも分からない春之を誘き寄せる為に、あちらこちらにホテルのギャラリー改装と、扱う作家の名前を連ねた看板を立て、広告を打ちまくった。
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