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勿論、無名の巨星・雪春の名を全面に押し出して。
そうして、ようやく春之は八紘の前に姿を現したのだ。
「石崎、こいつを磨き上げろ」
ホテル側から歩いてきた石崎に、いつかのように命じても、彼は以前のように八紘を止めようとはしない。
「御意に」
それだけ言うと春之へと微笑みを向け、「あの」と戸惑う春之の手を引いた。
「良いからおいで。八紘は言い出したら聞かないんだ。ちょっと時間も無いしね」
それこそ、あの時と同じ科白で引っ張って行こうとする。
「どういう事か、説明して頂こうかっ」
そこに荒い息を吐きながら、石崎の後ろからやって来た弓束が割って入ってきた。
「石崎、先に弓束に知らせたのか」
心底不機嫌な声音で石崎に抗議した八紘の言葉は、既に敬意も略称も省いて呼び捨てになっている。
「知らせたのではなく、知られたんですよ。絵理沙嬢のお陰でね。連絡が来たそうです」
チッと舌打ちをしたが、確かにその絵理沙のお陰で最後の詰めを仕上げられたのだと思うと、余計な事をとは怒れない。
「この際だな。あんたにはこれ以上、郡守グループには関わらせない」
宣言と共に、春之を一端、石崎の元から自分の元へと引き寄せた。
「そして、春之にも二度とな」
「何を言っているのか理解出来ん。理由もなく絵理沙を追い出したというなら、弁護士を立ててやるっ」
状況も正しく理解せず息巻く弓束に、八紘は凍りついた視線で黙らせる。
「絵理沙は自分から出て行ったんだよ」
「そんな馬鹿な話しは聞いとらん。覚悟しろよ、俺のバックには大物の政治家や経済界の重鎮が付いてるんだぞっ! お前の会社など握り潰してくれるわ」
今まで喚けば何とでもなって来たのだろが、八紘相手にそれは通用しない。
「画廊への背信に横領。裏帳簿」
「な、何を言っている!」
淡々と並べ上げる八紘の横で春之の顔色が変わっていく。
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