651人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
裏帳簿を持ち出そうとしていた事も感づかれ、絵理沙が再び見つけるまではどこへ隠されたのかも分からなくなってしまった。結局、春之は弓束に全てを奪われて放りだされたのだった。
長い睫毛に引っ掛かるように溜まった眦の苦い涙に、八紘はそっと唇を寄せる。
「初めてお前を拾った時、この屋敷の近くに居たのは偶然じゃないな」
八紘の穏やかな声に、春之はしがみ付くように胸元に頬を寄せてきた。
「洋至さんにだけは絵を運んだ事が無かったんです。多分、弓束の手法を嫌悪していた洋至さんと、僕が直接会うには弓束にとって危険過ぎたから。だからこそ、洋至さんと会ってみたかったんです」
昔出した手紙の住所も覚えていない。考えた春之は、郡守と名のつく家を一軒づつ確かめるつもりだったという。
「時間だけは誰よりありましたから」
そう言って切なそうに微笑む春之の頬を八紘は両手で包んだ。
「でも拾って頂いたのが八紘さんで、本当に良かった」
はにかむ瞳で見つめられて、八紘の中でブワリと何かが沸騰する。
「ようやく、俺の名前が出てきたな。このまま祖父さんに懸想していると言われたらどうしようかと思ったぞ」
「そんな事はありません。一目惚れだったんです」
頬を朱に染めながら、そんな可愛い事を言われて、自身の熱を押さえられるわけがない。
「僕が……、雪春が思い描く光が具現化して現れたのだと思いました。その優しさに、温かさに、触れて惹かれて、この人が僕の唯一だと想いました」
更に重ねられる想いに、八紘の胸が早鐘を打つ。
「もぉ、お前、少し黙ってろ」
焦ってストップをかけると、春之は少し戸惑い、そして淋しそうに睫を伏せる。
最初のコメントを投稿しよう!