―雨の中の拾いもの―

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―雨の中の拾いもの―

「チッ、降ってきやがった」  誰がどう見ても高級車と答える、雨粒が転がるくらいに磨き抜かれた黒塗りの車。  その後部座席で、郡守(くにもり)八紘(やひろ)が忌々しそうな視線を車外に向けたのと赤信号で停車したタイミングが重なり、横断歩道で信号待ちをしていた幼女と目が合った。 「社長、誰彼構わず睨みつけないでください。小さなお子さんが涙目です」  さして緊張した様子もなく高級車のハンドルを握る秘書の石崎が、呆れたように指摘してくる。 「目つきが悪いのは生まれつきだ」 「また、そんな事を仰る」  石崎の立場は社長秘書だが、元々は両親同士が友人だったこともあり、八紘にしてみれば時々家に遊びにやって来る七才年上の従兄のような、友人のような、そんな近しい存在だった。  老舗ホテルオーナー一族に生まれ、生き抜く力をつけろと、当時CEOであった祖父・洋至(ひろい)の一言で一般入社から、自分の実力と周囲の妬み嫉み僻みの視線に耐え抜く精神力で順調に各役職をこなし、社長の座に着いたのが三十歳を迎えた一昨年の事。  実力主義とはいっても、多分に親族の意見と七光りが背後にあるのは八紘とて理解している。それでも、背負わされた重責に応えるだけの仕事はしてきたとの自負もある。  この不況の始まりが久しくなり、“老舗”と名の付くホテルや旅館が次々と倒産する、地を這うよりも更に沈み込む業界の中で、業績を維持し、更に季節ものや仕掛けたイベントを利用し上向きにもした。  三つ揃えのスーツが体に馴染むようになり、頭角を現した八紘を軽んじる者はいなくなった。唯一、自身に小言を言う時の石崎を除いては。 「今日は止みそうにありませんね」  フロントガラス越しに視界に入る限りの空を眺めながら、石崎は至極淡々と事実を伝えてくる。その言葉に誘われるように八紘も再び車窓の景色を眺めやった。  次第に雨粒は大きさを増していく。  梅雨時期に降雨は必要だ。でなければ夏が来る前に水が枯渇してしまう。しかし、やはり降られてしまうと鬱陶しくてかなわない。  そんな、ただただ雨に濡れる景色の中に、ふと視線が止まる。
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