遠く宇宙の果てで

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「聞こえるか。勝手に継野中学校の放送室をお借りしてしまって申し訳ない。だが、俺は今からここに最後のメッセージを告げようと思う。  俺はこの継野中学校の卒業生だ。しかし、この学校には卒業して以来来ていない。そもそも、この街に帰って来たのも東京へ出て以来始めての事だ。実際、俺がいたころの校舎とは全く様子が変わっていて驚いた。しかし、それも当然の事だ。それだけの時間がたち、そしてそれだけいろいろな事が起こったという事なのだろう。だが、今日この校舎に足を踏み入れてみて、それでも笑い声にあふれていたあの頃の事を実に鮮明に思いだす事ができた。特に、夜中の学校に忍び込み屋上から天体観測を行った事は今でも大切な思い出である。あの頃のクラスメイトやお世話になった先生方が今も元気でいてくれる事を切に願うばかりだ。  さて、この放送をどんな奴が聞いているか、分からないからここまでの経緯を今から、丁寧に話していこうと思う。  俺はこの学校を卒業してから継野高校に入学し、そしてその後、大学への進学と共に東京にでた。そして、全てはその頃始まった。  大きな異変も最初はごく小さなものから始まる。これも最初は外国のどこかの街に隕石が落ちたくらいの小さなニュースだった。もちろん、普通の隕石よりは大きかったのだが、当時、隕石が湖に落ちる映画が流行っていた事もあって、むしろこのニュースは日本人をワクワクさせたほどだった。だが、それから10年してまた次の隕石が落ちた。今度は規模が大きかった。その隕石は人里離れた森の奥に落ちたが、その光は数百キロ離れた町でも見えるほどだった。さらに不思議な事にその隕石はそれだけの大きさでありながら、落下地点が正確には特定できなかったのだ。なぜかどこにもクレーターが残らなかったのである。そして、この隕石と最初の隕石の共通点も注目もされた。それは地球への衝突を予測できなかったという事だ。通常、地球に衝突する可能性のある大きな隕石は数年前に既にその存在が発見される。しかし、この二つの隕石は衝突の数時間前まで観測されてはいなかった。つまり、これらは超高速で太陽系外から地球に向かって飛んできたのである。  その頃の俺は大学で天文学を勉強し、そのまま研究者として働いていたのでこれには非常に興味を持った。だが、この隕石の正体に関して全く解明できなかった。俺だけではなく世界中の研究者が同じだった。中には、研究に匙を投げ『これは神が人類に下した裁きだ。』などと言う専門家もいた。  そしてこの隕石の正体は二つ目の隕石が落ちてから、5年後に明らかになった。三つ目の隕石が落ちてきたのだ。いや、正確にはこれは隕石ではなかった。それは東京の上空で停止した。そしてその中から人類の敵は姿を現した。つまり、これは宇宙船だった。そして、最初の二つの隕石は敵からの先制攻撃だったというわけである。  人為的な攻撃だったのだから、我々天文学者に隕石の謎が解けなかったのも当然だ。そして、奴らとの戦いは始まった。もっとも、戦いだと思っていたのはこちら側だけだったかもしれない。人類と奴らの戦力差は当然圧倒的で、世界中の軍はもちろんのこと、警察やマフィアまで手を組み奴らに戦いを挑んだが、人類は全く歯が立たなかった。そして、奴らはまるでシロアリ駆除の業者のように作業的に人類を殺戮して行った。  その後、人類に残された道はひたすら逃げ回り、隠れて暮らしていく事だった。人類は地下シェルターに逃げ込んだ。この地下シェルターは二つ目の隕石衝突以降、各国政府が正体不明の隕石衝突に備えて、建造したものだった。だが、残された人類を全部収用できるほどシェルターはなく、その権利をめぐり人類はお互い争いあい、そして多くが命を落とした。その後、なんとか生き延びた人類は地下へと逃げ延びたと思われた。しかし、今思い返せば、核攻撃でも隕石でもないのになぜ、地下シェルターが安全だと思ったのだろうか。奴らにとって一か所に集まった人類は格好の攻撃対象となってしまうのに。結局、それで多くの人類が殺されこの地球上から人類は姿を消した。  さて俺はなぜこの期に及んでまだ生き残っていられたか。それは単純に地球にいなかったからである。奴らの攻撃が開始された時、俺は宇宙にいたのだ。  奴らが地球にやってくる直前、ISSに重大な異常が生じた。突然、ISSとの通信が全く取れなくなったのである。そして、急遽地球から調査団が派遣された。そこにはあらゆる状況を想定して宇宙飛行士以外も同行する事になった。俺はその調査団に他の5人と共に選出されISSへと向かった。そこで俺たちが見た光景の気持ち悪さは今思い出しても鳥肌の立つ思いだ。そこには誰もいなかった。今になって思えば、これは奴らの銃によって引き起こされたものに違いないだろう。  ここで、奴らの攻撃の特徴について説明しよう。奴らの攻撃は主に銃によって行われる。しかし、彼らの銃は地球の銃とは異なりその目的が殺傷ではない。奴らの銃の目的は抹殺にあると俺は思う。奴らの銃に放たれた光線を受けた相手は、その肉片の一つも残る事なく完全に消滅してしまう。後には血の一滴さえも残らない。現在においてもその構造や原理は全くもって不明のままである。  しかし、奴らの攻撃パターンから俺は奴らがこの銃を使う目的を自分なりに考察してみた。奴らの攻撃は常に人類のみを標的としている。つまり、そこに一切の破壊活動が伴わないのである。奴らはこれまでに何十億もの人類を殺戮してきた代わりに、都市インフラはおろか、戦闘機の一機に至るまで破壊していない。彼らは室内や乗り物の中にいる人類を攻撃する時、必ずその中まで侵入して攻撃を行う。決して、外側ごと吹き飛ばすような手段はとらないのだ。  その明確な理由は未だ不明である。俺の仲間は『それが彼らの騎士道のようなものなのだ。』と言ったが、俺は違う見方をしている。奴らはこの地球上から人類を完全に排除した後、人類の残した何らかの遺産をそのまま利用しようとしているのではないだろうか。まるで居ぬき物件のように奴らは人類にとって代わってこの地球を利用しようとしているのではないかというのが、俺の考えた彼らの攻撃の目的である。  とは言え、奴らが破壊活動を行わなかったがために、発電所も自動で発電し続け、またこの校舎も残り、この放送ができている事は実に皮肉なことである。  話を元に戻そう。俺たち調査団の6人のメンバーはISSでの惨状を目の当たりにし衝撃を受けたが、すぐに本来の任務である調査に取り掛かった。だが、ここで分かった事はISSのクルーの行方を含め何一つなかった。そして、時を同じくしてその頃地球では奴らの攻撃が開始されていた。攻撃開始直後にその一報は地球より調査団一向にもたらされたが、調査団の調査日程はまだ残っていたため、調査は予定通り継続となった。だが、数日の内に地球は壊滅的状況となり、先ほど述べたように人類は地下シェルターへ避難した。調査団のメンバー同士は地球へ帰還するべきかもめたが、この地球の状況を鑑み、気付かれていないのか、対象外なのか、全く攻撃されることのないISSにとどまる方が安全であると結論付け、そのままISSでの生活を継続した。それから、しばらくは地下シェルターへ生き延びた指令室のメンバーとの交信が可能だった。ところが、奴らの攻撃は地下シェルターにまで拡大すると、ISSから地球の状況を確認することはできなくなった。ここで調査団のメンバーは全員での地球の帰還を決定した。地球の状況を確認する必要があると結論付けられたからだ。  こうして、俺は奴らの攻撃を逃れ、現在におけるまで生存しているわけだ。だが、果たして、この誰もいなくなった地球を目前にしても運がよかったと言うべきだろうか。地球に帰還した調査団一行が目にしたものは誰もいなくなった不気味な街である。さっきも言った が、奴らの攻撃は破壊を伴わない。そのため街はその利用者を失ったにも関わらず、全くの完全の姿のままでそこに残されていた。まるで、ミニチュアのプラモデルのようである。  地球に帰還した俺たちはこれからの事を相談した。地球上で俺たちが確認できた生存者はいなかった。だが、それと同時に奴らの姿を確認する事もできなかった。どうやら、地球上の人類を一掃したために奴らは攻撃を終了し、地球から離れたようだった。俺たちはまずは現状把握と生存者の発見が第一であるという結論に達し、それぞれの地元の地域に戻り、調査をすることになった。  そして、数日前に俺はこの街に帰って来たのだ。だが、現在に至るまで俺は生存者を発見できていない。この街に帰ってきて、かつての友人の家なども記憶の限りめぐってみたがまるで人の気配はなかった。きっと大半は奴らにやられてしまったのだろう。ほんの数か月前までここに、そして世界中に当たり前にあったすべては奴らの攻撃によって完全になくなってしまったのだ。  俺はこの学校の前を通った。別にここに立ち寄る気はなかったが、誰かいるかもしれないと思い、校門をくぐった。だが、やはりここにも誰もいなかった。俺は屋上に立った。昨日の夜の事だ。見上げれば満天の星空だった。ここから、星を見たのは中学時代の天体観測以来だった。あの瞬間から俺の天文学者としての人生は始まったのかもしれない。だが、まさかあの頃この広大な宇宙のどこからかやってくる奴らに地球が滅ぼされるなど思ってもいなかった。    実は俺はつい昨日までこの現状を現実のものとして捉えられてはいなかったように思う。任務を遂行する事に集中していたからだろう。だが、ここの屋上で昨日の夜、星を見上げ今正体もつかめない奴らに滅ぼされゆく地球を思い、初めて涙があふれてきた。どれだけ泣いただろうか。そのまま眠りについてしまったような気がする。そして今朝、屋上で目を覚まし、俺は一つの決意を固めた。  俺が地球を滅ぼす。  やけになったと思わないでほしい。これにはきちんとした理由がある。さっきも言ったが、俺は奴らが破壊を行わない理由を、奴らの攻撃の目的が人類の遺産の利用にあるからだと考えている。だから、俺はこの世から人類の遺産を全て消し去る。具体的には世界中に原子爆弾を投下し地球全体を焦土に変える。そうしてしまえば、奴らは地球への攻撃の目的を失う。そして、俺はわずかに生き残った人類と共に再び人類の歴史を開始する。俺が二代目アダムとイブになる。それが、人類の生き残る唯一の道じゃないだろうか。  そして、俺は今この放送をここに録音し、この校内に自動で何度も再生されるようにする。できれば、もっと大々的にやりたいところだが、この計画を実行する前に奴らに感づかれてしまえば、全てが水の泡と帰すため校内放送にとどめておこうと思う。だから、もし偶然この学校にたどり着きこれを聞いている人がいるとすれば、あなたの頭上には間もなく俺の乗った飛行機が飛んできて原爆を投下するだろう。申し訳ないが、ここまでの俺の話を聞いてどうか理解してほしい。そして、何とか原爆の海を生き延びて次の人類の始祖となる事を俺は願っている。せめてもの償いに、この周辺は一番最後に破壊する事にする。  そうだ、ここまでに殺された多くの人類は自分が何者に攻撃されているのかも分からずに死んでいったのだろう。だから、俺はここに名乗っておこう。この地球を滅ぼす男の名はカミノタツキ、しがない天文学者だ。それでは幸運を祈る。」  ピー‐‐‐、とテープが巻き戻る音がする。 「聞こえるか。勝手に継野中学校の放送室をお借りして・・・」 再び放送が始まる。  ここは、地球からは遠く宇宙の果て、どこかの星の宇宙開発歴史資料館の館内。この展示物の横にはこのような解説が添えられていた。 「地球という星に生息した人間という生物の最期の音声。我が星は資源開拓のために地球に進出し、この星でもともと資源を利用していた人間の技術をそのまま活用することで新たな掘削などの手間を省き効率的に資源を確保する事に成功した。しかし、当時の開発隊はこの生物を取り除く際に、一度目の侵攻で6匹を取りこぼすというミスを犯した。結果的には直ちに残りの6匹の撤去も行われために事なきを得たが、もし取りこぼしが見つからなかった場合、資源開拓に大きな影響を与えた可能性もある。この音声はこの残りの6匹のうちの1匹の物だと思われるが、この音声が言語のような意味のあるものであるかは現在のところ不明。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加