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10
吸血鬼の青い果実の誘惑を本気で退けられる人間など、そういない。
もつれあうように口づけをかわしながら、かろうじて玄関に入った。上がり框に押し倒され、浴衣の襟をぐっと割られる。我を失った光太郎が首筋に歯を立てる。
「――、」
微かに息を呑んだ気配に、光太郎が気づく。
「ごめ、俺、なにを」
「いい。謝るな」
こんなときまでいい奴じゃなくていい。流されてしまえばいい。どうせ俺はSEXしたらいなくなる。
いなくなってやれる。
流果は光太郎の浴衣の前をはだけて、そこに触れた。
「……っ」
驚きと、苦痛と、それから快感が混ざったような吐息が漏れる。
「やめろって……!」
まだ往生際悪く咎める声を無視して手の中で翻弄してやると、そこはみるみる熱を持った。
自ら胸をはだけて、もう片方の手で光太郎の手を誘導する。小さな突起に指の腹を押しつけてやると、やがて光太郎は熱にうかされるようにそこをこね始めた。
たどたどしい手つきに合わせるように、流果もまた、光太郎の中心を揉みしだく。見えなくとも、下着がじんわり濡れてくるのがわかった。先端の一点を指先で責めてやると、光太郎は喉元をそらせ、なにか呻いたかと思うと、流果の育った胸の果実を口に含んだ。
「あ……っ」
自分でも予想外に甘い声が漏れて戸惑う。光太郎はまるでそれを見透かしたように、執拗に舐め吸った。ざらりとした舌の感触が痛い。けれど気持ちいい。
爽やかで人のいい笑みとは真逆のぶしつけな所作に、わけもわからずこみ上げるものがあって、流果は光太郎の頭を片手でぐっとかき抱いた。
いっそう狭くなったお互いの体の間で、光太郎の腕が蠢く。流果の花芯を探り当て、握る。
「……っ、!」
けして巧みではないのに、焼けるように熱を持ったてのひらで包み込まれると、尾てい骨が震えるような快感があった。下肢全体が漣のように微細な痺れに覆われている。
しん、と静まり返った空間に、ふたりぶんの荒い息遣いだけが響く。先に達したのは、流果のほうだった。
「あ……」
我に返って離れようとする光太郎に向かい、流果は濡れた下着を脱ぎ捨て足を広げた。玄関の格子の落とす陰が、さらけ出した裸体に沿って蛇のように艶めかしく歪む。
「最後までしていい」
「……、」
息を呑んで黙り込む光太郎の指を手に取り、口に含んだ。丹念に唾液をまとわせてしゃぶってやる。
「……考えたことはあるんだろ」
夜目のきく流果には、光太郎が気まずそうに眉を潜めたのがはっきりと見えた。
「佐伯、俺は」
「あいつの名前で呼べと言った」
そもそもこんな名前だって嘘っぱちだ。流果は起き上がり、光太郎と体の位置を入れ替えた。自分よりずっと上背のある体を床に押し倒し、抵抗する間を与えずにそこを口に含む。
「あ……っ! ちょ、ま……」
光太郎が食いしばるように喘ぎ、体を浮かそうとする。その度押し返しながら喉の奥までくわえ込んでやると、やっと諦めたようにおとなしくなった。
頬に落ちかかる髪を耳にかけなおしながら、口唇での注挿をくり返してそこをすっかり育たせながら、流果は自らの後孔をほぐした。もう浴衣はすっかり乱れ、かろうじてまとわりついているだけだ。
流果は、自分から光太郎の上に腰を落とした。
「――ッ、は……」
青い果実の躰は人間より淫らとはいえ、流果の狭い隘路に光太郎の楔は大きく、少し苦しい。
一進一退をくり返しながらすべて飲み込むと、自然と、深い吐息が漏れた。
「全部、挿入った」
「……」
光太郎のてのひらが気遣うように頬に触れる。流果は大きなその上から自分のてのひらを重ねて頬を委ねた。
「――あいつにしたいどんなひどいことも、全部俺にしていい」
躰に取り込んだ光太郎の楔は萎えない。確かに熱く脈打っている。
なのにその瞳は、悲し気に歪んだ。
「俺は……ただ、本当に好きな奴にやさしくしたり、されたりしたいだけだよ……」
ああ。
人間は本当にやっかいだ。
一番欲しいものは手に入らないと知りながら、目の前の快楽だけに身を任せることもできない。
だけど俺なら。
愚かな悲しみも全部、持っていってやれる。
流果は目を閉じる。腰を振れば光太郎は呻き――やがて流果は、柘榴の果実に歯を立てたときのように、あふれる青い香りを感じた。
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