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6
翌日も光太郎は柘榴を持って流果の元にやってきた。翌日も、そのまた翌日も、弁当を食べ、どうでもいいことを話しては帰っていく。ときおりはクラスメイトも交えて。
おかげですっかり光太郎と葵について詳しくなってしまった。
葵は母親の離婚で小学二年生の二学期から転校してきたこと。光太郎とはそれからずっと仲が良かったこと。クラスのほとんどが町内に唯一ある高校に進学する中、光太郎だけは代々家の決まりで県外の全寮制の学校に進学が決まっていること。
そして彼らはご丁寧に教えてくれた。ふたりがいないときに。
あのふたり、最近なんかぎくしゃくしてるんだよね、と。
放課後も光太郎と一緒に帰るのが、いつの間にか当たり前のようになってしまった。光太郎の家は学校から見てほぼ反対方向だ。光太郎がぐるっと大回りして、ついてくるというほうが正しい。
「じゃあな。また明日」
寄生先の家の前で光太郎と別れると、不意に眩しくなる。今まで光太郎が前に立って日差しをさえぎってくれていたのだとそれで気がつく。
初めに倒れたところを助けられたから、なんとなく放っておけないというのはあるだろうが――流果はクラスメイトから聞いた話を思い出す。
母親の離婚で小学二年生の二学期から越してきたのだという葵。柘榴の木の下で、花が落ちてくるのを待っていたという葵。……光太郎が自分の中に誰を見ているのか、そんなことは明白だ。
葵とは、未だにほとんど口をきいたことがない。昼休み、光太郎がやってくるようになった初日には出て行ってしまったし、それ以降はだいたいクラスメイトの輪の外でそっぽを向いて本を読んだりしている。
光太郎が自分をだしにやってきても、見られるのはそんな仏頂面だけだ。まったくもって効率が悪い。さっさと和解すればいいのに。
泣くし、喚くし、悩むし、人間はまったく無駄が多い生き物だ。
人間界に寄生して最初の週末。そろそろ本気を出して魔界に帰る算段をつけようと思っていたとき、光太郎に誘われた。
「くらやみまつり?」
「うん。この界隈の家が全部明かりを消して、灯篭だけ出して、ふたつの神社の間を行き来して、願い事するんだ」
そういう光太郎の顔には〈そういうの、ちょっと珍しいだろ? 都会からきたら〉と書いてある。どうやらこれも転校生をおもてなしするお節介の一環らしい。
「暗闇ねえ……」
吸血鬼とその青い果実は、魔力さえ切れなければ夜目が利く。わざわざ闇を売りにされても、たいした感動はない。
しかしまあ、そろそろ襲って血を頂こうと思っていたところだ。おあつらえ向きのイベントが向こうから転がり込んできてくれたともいえる。「まあいいけど」と告げると、光太郎は「よし。迎えに行くからな」と告げて隣のクラスに戻っていった。
「あーあ、佐伯君にとられちゃったかあ」
いつもの女子が無念そうに言うから、ターゲット以外にはこちらからあまり話しかけないという自分ルールも忘れ「なにが?」と訊ねてしまった。女子は悪だくみするような笑みを浮かべ、声を潜める。実に楽しそうに。
「くらやみまつりって、昔は本当に大事な神事だったみたいだけど、最近女子の間では告白イベントみたいなもんだから」
「……なるほど」
暗闇に乗じてなにかをしようというのは、なにも魔族に限ったことではないらしい。
「光太郎君世話好きだから、佐伯君にお祭り見せたかったんだろうけど、佐伯君女子に恨まれちゃうよ。休み明けとか大変だー」
「それは大丈夫だと思う」
だってその頃には自分はもう、ここにはいない。
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