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 夏の終わりの夜はまだ透明な青さを保っている。光太郎とくらやみまつりに行くと告げると、祖母は浴衣を出してくれながら「あのおうちの子は来年はいないからねえ」と言った。本当に代々進路が決まっていて、それを周囲も知っている。当たり前のこととして受け容れるんだな、と思う。  ――いや〈要求〉するのか。  あの黒板塀の家に生まれついたら、他の生き方を選ぶことなんてきっと許されないんだろう。 そんなことを考えているうちに、光太郎がやってきて、浴衣姿の流果を見るなり「似合うな」と言った。そういうことを照れも邪気もなく言えるのが凄い。 「……はじめて着た」  なんと応じるのか正解なのかわからず、それだけ言うと、連れ立って家を出た。  平地にある神社に向かって歩くうち、浅かった夜の気配は次第に濃くなってくる。家々の明かりは本当に消されていて、道のところどころにぽつぽつと竹筒のような灯篭がぼんやり光を放っていた。 神社は賑わっていた。すでにお参りを済ませてきた人々とすれ違う度、光太郎は会釈されたり「来年から淋しくなるね」などと声をかけられている。  ――暗闇の意味ほぼ皆無だな。  これでは町全体に監視されているのも同然だ。 『ありがとう』  いつだったか光太郎が紡いだ、体に不似合いに頼りない響きを思い出す。こういう町で、奴はずっと葵に対する気持ちを押し殺して来たんだろう。そして来年はもう、ここからいなくなる。  お社にたどり着き、光太郎の見よう見まねで流果も参拝をした。  鳥居をくぐって境内を出る。その頃にはもう辺りは闇を煮詰めたような色をしていた。農道の両脇を埋め尽くす刈り入れ前の稲穂も、凪いだ海のようにこっくりとした闇を湛えている。灯篭が置かれていなければ道を見失うだろう。まるで静かな海原に、浮かんでいるような錯覚。  さっきの神社に向かうときは町の人々と一緒になったのに、こちらの道にきたとたん、人の気配が消えた。そう告げると、光太郎は「ああ」と頷いた。 「こっちの神社、山の上だから。お年寄りは年々片方だけしか行かなくなる」 「……なるほど」  それもあっての告白イベント化なのだろう。いいのかそれで、と思わなくもないが、人が少ないのは好都合でもある。  あとはタイミング次第だなと思っているうちに、もうひとつの神社にたどり着いた。灯篭の明かりでぼんやり浮かび上がる鳥居の向こうに、なるほど長い階段が星明りで濡れたように伸びている。  ひとけはないようだが、上の境内まで行ったらどうかわからない。  ――ここで。  目を閉じ、意識を集中して牙を出す――途中で「佐伯」と呼ぶ声がした。なんだ、邪魔するな。いらだちながら目を開けると、先に立った光太郎が手を差し出していた。 「浴衣、初めてなんだろ。階段危ないから」 「……あ、ああ」  あんな、何気なく言った言葉を覚えているのか。夜目が利くから大丈夫だとは言えず、促されるまま手を預けると、力強く握り返される。 「やっぱり華奢だなあ」  光太郎は笑いつつ、一段一段、確かめるように流果の手を引いて階段をのぼっていく。 『やっぱり』って。  誰と一緒にしたのかは、訊ねるまでもなかった。
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