自分の足で立つこと

1/1

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

自分の足で立つこと

 松下吉幸は驚いていた。  教授が語った我那覇広志の業績についてはまったく知らないものだった。 「自らの功を誇らないというのは日本人の美徳かもしれません。しかしそれではWHOの裏の顔が世間に知られないままです。  そもそも日本人は国連を神聖視しすぎている。これも憲法9条に端を発する他者依存の結果でしょう。  第二次大戦の敵であった連合国の末席に今は加えさせてもらっていると思えば、国連(連合国)に頼ろうなどという甘い考えには至らないのでしょうが、もう手遅れです。国民全体の意識やイメージというものは急には変えられない。仮に呼び名を連合国にしたとしても国民の理解が深まるのには時間がかかる。  日本はアメリカに次いで2番目に国連に多額の資金を拠出しています。それだけの貢献をしても、そしてそれをこれから続けたとしても、日本の待遇が改善されることはありません。  日本に大切なのは、まず自分の足で立つことです。  そして逆に国連を利用してやろうという気概を持つことです」 「うん、そうだな」  一連の説明を受けて吉幸は納得した。国連信仰のようなものが自分の中にもあったことを自覚したからだった。  勝てば官軍負ければ賊軍という。とても悔しいが、第二次大戦の影響は消え去ることなく続いていく。 「人は維持を望むものです。ですが自然界において維持を選択すれば大概のものは腐ります。そしてそれは人の作り出す組織なども同じです。  唯一腐らないものがあるとするなら、それはデータでしょう。  データは劣化しない。だからデータの価値を乏しめるためにはプロパガンダによる印象操作を行ったり、大量のデータを投入して希薄化させようとする。  これから必要なのは確かな指針となるデータを常に確保し続けることです。  熱意だけで人を先導する時代は終わりました。今は無名の一個人ですらインターネットを駆使すればいくらでも情報をばら撒くことができる。右や左といった対立する思想が入り混じる中で何を信じて何を求めるのか。国家の代表として明確なビジョンを示していかなければならない」 「指針となるデータの確保か。それを判別するのには毎回骨が折れる」 「なら創造してしまえば良いのです」 「どういうことかな?」 「世界中のデータを収集して有益なものを選別していくシステムを構築するのです」 「それは面白いお伽噺(とぎばなし)だね」 「私は不可能だと思っていません。事実、幾人かの人物がすでに開発に携わっています」 「そうなのか」 「その時には貴方にぜひ総理であってほしい。そしてそのシステムが起動して世界に向けて発表される暁には、真っ先に手を伸ばしてそれを掴んでいただきたい。そうすることによって今度は日本が中心となって新しい国連のような組織を構築できる」 「……」  冗談を言っているようには思えなかった。  国際連合の健全化が見込めない以上、新しい国際組織を作ってしまうというのは確かに理に適ってはいる。しかしそれには莫大な資金と世界中を驚愕させるようなシステムが必要なはずだ。  この男はどこまで思考を巡らせているのだろう。  松下吉幸は目の前の若き教授を驚きを持って見つめていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加