若き協力者

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若き協力者

 深夜のファミレスには二、三人の店員の他に自分たち二人の客しかいなかった。  本当にこんな場所で良いのだろうか。  注文をして料理が提供されるまでのわずかな時間ができると、松下吉幸は改めて一抹の不安に駆られた。  自分の前に座っている人物は三十代半ばの若き大学教授である。  厚生労働大臣という大役を拝命して専門的な知識を持つ人物を探していたところ、自分の母校の学長から推薦されたのが彼だった。  学長の人を見る目に狂いがないことは重々承知している。しかしそれにしても若い。  アスリートとしてなら二十代や三十代が最盛期なのかもしれないが、学者としては少し心許ない。蓄積した経験と実績、そして頭につめこんだ知識量がモノをいう世界だと思うからであった。 「忙しいのかい?」  吉幸は尋ねてみた。  時間と場所を指定してきたのは教授の方である。本来ならもっと落ち着ける上品な場所での面会も可能であった。  しかし深夜のファミレスで良いとのことだったので、このような場所での初顔合わせになったのだった。  コーヒーとサンドイッチ。コーヒーとフライドポテト。  お腹はそれほど空いていない。かといってドリンクバーだけ頼むのも気が引けたので二人とも軽食を付けている。  そういえば若い頃はよく利用したことがあったな。  今更ながら思った。  深夜のファミレスは静かである。この静けさが好きでよく勉強部屋代わりに使っていたのを覚えている。 「学長のご指名ですから、精一杯やらせていただきますよ」  教授はそう言ってブラックコーヒーを口に運んだ。  吉幸は手元のサンドイッチに目を落とした。たまごサンドとBLTサンド。作りおきしてあったものを出しているのだろうか。とても美味しそうには思えなかった。 「WHOへの対応ですね。なら、とても簡単です。こちらから出す情報は最小限に、あちらから来る情報や指示にはあまり振り回されないようにすることです」 「最小限?」 「そうです。むしろWHOは情報のやり取りを行う場所ではなく、悪質な反日プロパガンダとの戦いの場所として考えておいた方が良い」  驚くべき発言だった。  WHO(世界保健機構)は国際連合の組織の一つである。世界中から有益な情報を持ち寄って各国の健康と安全を確保するための啓発や活動を行う。それが名目になっているはずだった。 「国際機関というものは邪険に扱うものではないよ」 「そうでしょうか。そもそもその国際組織を『国際連合』と呼んでいること事態が間違いなのです」  国際連合の英名は『United Nations』。直訳すると連合国になる。確かに国際連合と訳すなら『International Union』とでもなっていなければおかしい。同じ漢字圏の中国がUNを初めから連合国と呼んでいることから鑑みても、これは外務省の意図的な誤訳の可能性が高かった。  連合国というのは第二次世界大戦で日本が戦った相手である。  つまり我々が今日『国連』と呼んでいる組織自体が当時の枢軸国であった日本とドイツへの対処を目的として結成された組織なのである。よって国連には敵国条項というものが存在する。  国連憲章の第53条と第77条と第107条。第二次世界大戦中の敵国(日本やドイツなどの枢軸国)が再び侵略とみなされる行動を起こした場合、国連加盟国は安全保障理事会の承認なしにその敵国に対して無条件の軍事的制裁が許される。  つまり、我々の国はいつでも他国からの難癖によって軍事攻撃をされる危険性があるわけだ。 「机上の理論だよ。加盟国が多いほど判断というのは公平さが増すものだ」 「そのような楽観的な見方もあるでしょう。しかし多いほど迷走することもあります。事実として国連の活動というのは資金ばかりを大量に浪費してばかりで成果が低い」 「そうだろうか」 「敵国条項についてはロシアや中国が領土問題において脅しの材料として使ってきた記録が残っています。  日本とドイツは1995年に憲章特別委員会において敵国条項の削除を要求し、賛成155、反対0、棄権3で削除を『約束』されています。しかし改正には安全保障理事会5ヵ国(米、英、仏、露、中)を含む3分の2以上の加盟国の批准が必要なため、その議論は遅々として進んでいません」  知識の面で教授の相手ができるほど、広い知識と独自の見解を有しているわけではない。吉幸は次第に聞き役に徹していくことになった。 「インフルエンザの問題で日本とWHOの間で何が起きたのか。……ご存知ですか」 「いや、知らない」 「では厚生労働大臣の知識として入れておく必要がありますね」  教授は断言した。
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