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ペトロクロス4
アメリアを送り出したあと、弟子はモップをバケツに突っこみ、礼拝堂に出てきた神父と立ち話をする。
「彼女の依頼受けるんですか」
「喜捨は前払いで受け取りました。事実さえ確認できれば否む理由はございません」
告解室から現れたのは、漆黒のカソックをまとった赤毛の男。
オールバックに撫で付けた鮮やかな赤毛、怜悧な眼鏡の奥に穏やかそうな糸目が鎮座している。
品行と清貧を尊ぶ聖職者の見本のような風貌だが、どことなく掴み所なく、胡散臭い雰囲気もあった。
「そうですか……」
「気乗りしませんか。優しい子ですね」
憂い顔の弟子に気さくに微笑み、口調を改めて指示を出す。
「カイル・ジェファソン氏の前歴を洗ってください、アメリア・オースティン嬢の推測が正しければ余罪があるはずです」
「わかりました」
背筋を正して返事をしたあと、神父の首元に覗く数珠に目をとめる。
「ずっと気になってたんですけど聞いていいですか」
「なんなりと」
「先生のロザリオ、普通と違って逆さまだけど何か特別な意味があるんですか」
弟子の質問に神父は「ああ、その事ですか」と小さく頷き、祭壇にかかげられた白磁の聖母像を仰ぎ、聖寵充ち満てるかんばせを眩げに仰ぐ。
襁褓にくるんだイエスを胸に抱き、慈愛の微笑みを薄っすら留めた聖母の顔に、遠い昔に別れた最愛の人の面影が重なる。
『私はきっと地獄におちる』
『だからあの子をお願い』
カソックの内側に片手を差し入れ、数珠を手繰って銀のロザリオを取り出す。
そのロザリオは通常の十字架と逆の形をしていた。
反十字だ。
「聖ペトロはネロに迫害を受け十字架による磔刑に処されましたが、その際逆さまに張り付けられるのを望んだそうです。イエスと同じ状態での刑死には値しないしないというのが理由で、ペトロクロスの由来でもあります」
流暢に諳んじてから自らのロザリオを握り、接吻を施す。
「ペトロクロスは常に地獄をさしているのですよ」
罪人が行くべき場所を。
悪人の魂が堕ちる場所を。
ヘヴンリーブル―を仰ぐ主に反し、真っ逆さまに地獄に落ちていく。
「これは自分の『仕事』を忘れないようにとの戒めです」
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