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ペトロクロス7
深夜の教会で合流した弟子は、礼拝堂の長椅子に座り、スナイパーライフルの手入れに勤しむ師に尋ねる。
「先生はなんで神父になったんですか」
「突然なんですか」
「だって真逆じゃないですか、表の顔は聖職者で裏の顔は復讐代行だなんて三流パルプフィクションみたいだ」
「囮に使われたのがご不満で?」
「先生の腕なら俺がでしゃばらなくても片付けられたのにどうして女装なんて」
脱いだカツラを膝において不満を述べる弟子に対し、神父はあっさりと答えを述べる。
「神父になったのは神様が嫌いだからです」
祭壇に飾られたキャンドルの列。
暖色の火影が揺らめき、静謐な穹窿を陰影が隈取る。
「神父なのに神様が嫌いとか倒錯してますね」
「結構言いますね」
神父が肩を竦めて苦笑いする。
「理不尽が罷り通る世界において、悪徳の栄えに不干渉を貫く我らが神を、はたして嫌わずにいられましょうか。そして人は嫌いな者の事ほど貪欲に知りたがるものです。まあ依頼人と秘密裏に打ち合わせるには、この職と場所が良い隠れ蓑なのは否めません。告解室は三位一体の密室ですね」
「じゃあ『この仕事』をはじめたのは……」
言いにくそうに口ごもる弟子に瞠目。
「地獄に会いたい人がいるからです」
「え?」
人殺しは地獄に落ちる。
例外なく。
神父の副業は正義の執行にあらず、復讐の代行だ。
そこに私怨は在っても正義など在りはしない。
「人を殺せば罰される。罪人だろうと悪人だろうと、人は人です」
キャンドルが煌々と照らす祭壇に佇む聖母を仰ぎ、眼鏡のレンズを染めて追憶に耽る。
「昔ある人に言われました。彼女はとても心優しく聡明な人物でした。当時、私は言われるがままただ人を殺していました。余計な事は考えず、それがお前の仕事だと言われ。ですが彼女との出会いが私を変えました。彼女は私を信じ、最期に大事なものを託してくれましたが、自分もまた地獄に堕ちると頑なに主張してやみませんでした」
『天国なんかどうでもいい』
『だって私、この子が助かるなら他に何もいらないって願っちゃった。追ってくる人皆死んでもいいい、みんな殺してもこの子だけはって』
彼女は組織のボスに飼われる少女娼婦で、彼はそのボディガード。
天涯孤独の二人はやがて結ばれ、それを知ったボスは制裁の追っ手をかけた。
生まれたての赤子を抱いた彼女は追っ手と相討ちになり、彼の腕の中で息絶えたのだった。
『お願い……私たちの子を……』
一息吐いて向き直り、彼女とよく似た顔を覗き込む。
彼女がいる地獄なら喜んで落ちるが、人殺しの胎と種からできている真実を、どこまでも心優しい弟子に伝えられない。
「君は私の最大の保険です。仕事を手伝ってくれて感謝してますよ」
罪の烙印の反十字を手繰り、血を分けた息子の額に祝福を授ける。
夜梟は地獄を恐れない。
そこで天使が待っているから。
未だ父と明かせぬ息子を囮に使うのは、万一引鉄を引く手の箍が外れた時も、十字架の中心に彼女と重なる彼の顔を見れば帰ってこれるからに他ならない。
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