図書館

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 久しぶりに雲が切れ、陽射しがあるとARC-689は頭部を上げた。  かつて図書館と呼ばれた施設に佇む一体の管理ロボットは、周囲の気温と湿度の状態をチェックする。蔵書の虫干しに適した状況かを見て、「良」の判断を下すと、対象の本の選別に冷たい廊下へ出た。  人ひとりない、静寂のホールにARC-689の硬質な足音だけが響く。  かつてはこの場所を、多くの「人間」が行き来していたという。  その人が、最後にこの図書館を訪れたのは十数年前。それ以来、この図書館で動く影は、数体の管理ロボットのみである。  ところが常に決められたルートを行き来するだけだったARC-689が、この日、思わぬ位置に足を踏み入れたのは、ひとえに窓の外の眩しさにレンズが眩んだせいである。  太陽光を反射させる真っ白い雪の明度が想定していた数値を越え、急ぎレンズの絞り値を制限したが間に合わなかった。そのままよろめくように規定のルートを外れたのである。  幸いバランサーは正常に作動し転倒まで至らなかったものの、元のルートに戻ろうとしたARC-689は、柱の陰に落ちていた一冊のノートをレンズに捉えた。  長年、同じルートを行き来しながら気づかなかったのは、プログラムのミスであったのか、それとも丁度、柱の死角となる位置にあったせいかは今ここで判じない。  ともあれ、ARC-689は一冊の落としものを拾い上げた。
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