退屈なんかじゃなかった

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 人間とは怖い生き物だと、白黒(はく)は思った。  真綿で首を締めていくように狂気に染まる世界の中、あれだけ混乱していたのに今やまるでこの狂気を両手で優しく抱き留めたかのようだ。  日常は、日常(非日常)になった。  この狂気の中、それでも人間の形を保っている人々は、壊れた世界を避けるようにして、狂った世界の中で何食わぬ顔で生活を再開した。狂気との共生は、思ったよりもうまくいっているのか、人間の形をとどめていられた白黒(はく)とその家族は今日もいつもの朝を迎えた。 「白黒(はく)、気を付けろよ」 「あ、うん。父さん」 「朝ごはんはそこに置いてあるからね」 「さっき食べたよお母さん」 「あら、お姉ちゃんは食べた?じゃああとは白黒(はく)だけね。しっかり食べるのよ」 「あ、うん。母さん」 「じゃあ、行ってくるから」  人間のを――。  では、その中身は? 「……こんなもん、どうやって喰えっていうんだ」  小奇麗な皿の上には、鎌の代わりにボルトが生え、身体が半分溶け、それが蠢く中、鳥のようなピーピーという高い声を上げるカマキリが上がっていた。な精神の白黒にはとてもではないが食べられない。  それを、家族が談笑しながら食べ始めた時に、白黒(はく)は絶望した。  心も身体も狂っていく人間にではない。  やがて自分も、なってしまうのか、と。 「……俺もおかしいのか?」  自転車に乗り、狂った世界を駆ける白黒(はく)はそう独り言ちた。  白黒(はく)は毎日、自分と同じように「心」も「身体」も正常な人間が集まる書店に足を運んでいる。その書店内は以前のようなが残っているとても貴重な環境だった。  二階建ての書店の一階はな日用品やら食料やらが売られる市が出来上がっていた。通貨はなく、同じようにな品との等価交換。食事はここでしている。  二階は以前と同じ書店兼娯楽品を扱うスペースになっていて、ここではこの書店独自の通貨を使って買い物をする。ポイントカードやクーポンなどもあり、白黒(はく)にはそれが半ば癒しだった。  コンビニエンスストアののぼりには爬虫類の手足が生えたリュウグウノツカイがはためく。店の中にもはや何か判別のつかない腐敗した肉塊が入っていく。ベビーカーを押しているが、そこにはアリのような顔にムカデのような手足の生えた奇妙なモノが乗っていて、繰り返し「おかえり……おかえり……」と呟いている。 「……うっ」  未だにあの手のモノを見るとえずいてしまう白黒(はく)は、目的の書店に到着すると、自転車を止め、まっすぐ二階へ向かった。 「……今日も元気かな」  白黒(はく)の目当ては、ある書店員だった。
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