暴君

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暴君

えぐえぐとグズる私を後目にジンと呼ばれた男はズカズカとこちらへ歩み寄り、無造作に雑具入れをカウンターに放り出した。金属具と空瓶がいくつか入っているのか、見た目よりかなり重そうな音を立ててカウンターを少し滑って行った。 「貴方カウンターに物を投げるなって何度言ったら分かるの?傷がついたらどうするのよ…ドアも派手に壊してくれたじゃない?」 「金出せば直るだろ。頼まれたモンは終わらせた。報酬と酒。」 それだけ言い放つと喧騒から少し離れた所にポツンと置かれた、椅子代わりの樽と古びた机に向かっていった。 「…なんだか災害みたいな人ですねぇ?」 悟られないよう横目でチラチラと眺めながらアンナさんに話しかける。休んでいるのか、ジンさんは目を閉じて樽に腰掛け、壁に寄りかかっている。色が抜け落ちたのか灰がかった髪の毛と、端正に整った顔からはさっきの粗暴さは微塵も感じられない。 「ほんとにね…暴力沙汰は起こす、喧嘩で備品は壊す、今彼の向かった特等席に誰かが座ったらそれこそ血みどろの大喧嘩よ?昔はああじゃなかったのに……」 「特等席…?あそこ、2つ樽がありますよ?」 「あぁ、それは…」 アンナさんがそこまで言ったところでドガシャンと大音が響いた。見ればジンが大槌を蹴倒してこちらを…アンナさんを殺すような目で睨んでいる。 「相変わらず地獄耳なんだから…これ以上は地雷ね。とりあえず、師事の話は貴方からちゃんとしなさいよ?」 「んぇえ!?私がするんですか!?」 「当たり前でしょ?貴方が頼むんだから。」 ちらりと見やると、殺すような視線とバッティング。 「無理です。」 「そ。なら【異形狩リ】は諦めるのね。」 「そんなぁ……」 私はカタカタと震える脚を抑え、ゆっくりとジンの方へ向かう。息を吸い、呼吸を整える。 「(第一印象…第一印象で掴まねば……)」 遂に席の横までたどり着いた。正直もう帰りたいがここでやらねば【異形狩リ】としての道は開けない……!私は臍を固めて口を開いた。 「すみません!ジンさんでよかったで」 「黙れ殺すぞ」 「アンナさぁあぁあん!ほんとにこの人ですかァァ!?」 「うるせぇよ耳元で喚くんじゃねェ!!」 「ふぎゃぁぁあぁぁぁあ!?」 さっきの恐ろしい勢いの蹴りが私を襲う。間一髪で躱した私は這う這うの体でカウンターに逃げ帰った。 「無理です無理ですなんですかあの人ほんとに募集なんてしてるんですか?あれ」 「……貴方、今……」 アンナさんは私の話なんか聞いちゃいない風だった。唯一の味方が消えてしまった私の背後に強烈なプレッシャーが迫る。 「……おい」 「本当に申し訳ございませんでしふぉぁぁぁ!?」 土下座をキメるべく振り向いた私の目の前に再び重そうなブーツの踵が迫る。これも何とか体を仰け反らせてイナバウアー、もといマトリックス(マトリックスが何なのか私は知らないけど)のように避けた。 マトリックスは荒廃前の世界で流行った回避ポーズらしいが私は見たことない。まさか自分がやるとは思っても見なかったけれど。 「何でですか!?私の絶叫がそんな殺意のトリガー引きました!?!?」 少しでも人(盾)の多いところに逃げるべく、転がるように酒場の奥に走りながら私は文句を叩きつけた。だがジンはそれには全く興味を示さず、傍らのアンナに何か訪ねる素振りを見せた。 「…………あのガキ今…………」 「ええ……私も驚いた……」 話の終わったと見えるジンはズカズカと歩み寄ってくる。ジンが一歩迫る事に懐かしい景色が脳裏を巡り出す。まさか異形より先に人間相手に走馬灯を見るとは思わかなったがこれは確実に死ぬやつである。親不孝な娘でごめんなさいお母ちゃん。 「……おい」 万事休すか。私はこのまま死ぬくらいならと腰のダガーに手を伸ばし…… 「今から狩りに出る。お前も来い。」 「…………………………へ?」 思わずダガーを取り落とした。一体私はどうなると言うのだろう……
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