1 免許証

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1 免許証

 連休中ということもあってか、サービスエリアは活気にあふれていた。  ここはとある山も海もある地方都市。今は山側を走っていて、休憩中に立ち寄ったのだ。   レンタカーの回収業務で疲れた体を癒すために、サービスエリア内の温泉でゆっくりのぼせる寸前まで浸かっているところだ。  運転は好きだけど、さすがに二時間も高速を走りっぱなしはつらい。頭も目も足も何もかも疲れる。さすがに一回リセットしておきたかった。  ここはちょうど目的の店舗までの中間地点だから、通るたび利用させてもらっている。ドライバーにとってのオアシスであり、なくてはならない場所だ。温泉以外にも飲食施設が充実しているし、観光スポットとしても有名である。  よし、そろそろ上がって軽く何か腹に入れて、仕事を再開しますか。  人いきれの浴槽を掻き分け、脱衣場で下着を身に着け、ドライヤーで髪を乾かす。すると、その真横に同じく下着姿のガタイのいい女子が腰かけてきた。ガタイがよすぎて、男と見間違えそうなぐらい。主要な部位の筋肉がついていて、硬く引き締まっている。  茶髪のボブぐらいの長さで、目が完全に隠れている。どんな顔をしているのか気になったが、とても見る勇気が起きなかった。威圧感がハンパない。変な汗が出てきそうだ。  そそくさと髪を乾かして、手荷物を持ってロッカーに戻る。 「ねえ、あなた」  突然背後から下着姿のおばさんに話しかけられた。 「茶髪のあの娘、あなたのこと呼んでたわよ」  なぜかドキッとする。何もしてないのに、何が気に障ったのだろう。 「すみません。自分、急ぐんで」  おばさんの止める声を振り切って、服を着て飛び出す。あんなおっかないのに絡まれたら、何をされるかわかったもんじゃない。  とりあえず、タバコ吸おう。今は運転中に吸えないから結構困る。ただ、チェーンスモーカーじゃないから、数時間に一回吸えば持つ。そこはホントよかったと思う。  木の小屋のような喫煙所に入って、タバコをくゆらす。不安な気持ちが煙(けむ)に巻かれ、心がようやく穏やかさを取り戻した。  それにしても、まだまだ喫煙者が多い。老若男女、吸う人は吸うんだな。おかげで換気扇が間に合わず、室内は煙でほぼ真っ白。出入口の扉が見えやしない。  灰皿に灰を落とす。自然と視線も下に落ちる。すると、スタンド灰皿にもたれかかるようにして、カードのような物が落ちていた。  なんだこれと拾ってみる。顔写真に住所氏名や資格などが表記されていた……ってこれ、免許証だよな? えっ、かなりマズいんじゃないの? 『橘 樹 花 恋』か。茶髪を立てて、細い眉毛でガンをつけている。バッリバリのヤンキー。赤い唇は口紅だろうけど、直前に血を吸ってきた吸血鬼にも見えなくもない。それより何より、この顔で花恋(かれん)はないでしょうよ。真逆だって。  裏にはプリクラが貼られている。ギャル系、犬顔系、妹系……いろんな女とのツーショットだ。仲良さそうに腕を組んだり、ピースをしてみたり、ハートを作ってみたり……それでどのプリクラも屈託のない笑顔。案外、めちゃくちゃいい人なのかもしれない。 「おい」  低い声が降ってきた。男の声にしては高い声だから、多分女がドスを利かせているっぽい。視線を上げれば、ガタイのいい黒い作業服の女。顔でうっすら確認できるのは、人をかじったような赤い唇。もしかして―― 「それ、アタシの免許証だ」 「え、ホントですか。ここに落ちてたんですよ。お返しします」 「おう、ありがとうな。アタシもアンタに用があるんだ。場所を変えようや」 「へ?」  タバコの煙で表情すらよくわからないガテン系女について行って果たしていいものか。口調こそ気さくな感じになったけど、顔は怒っているってこともあるかもしれない。 「免許のお礼させてくれよ。なんでも奢るからさ」  折よく――悪く?――腹が小さく抗議した。ここはもう行くしかない。拒否なんかしようものなら、マジで締め上げられるかもしれないし。ヤンキーの機嫌は秋の空って言うし。
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