開かずのコインロッカー

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 ルーズなわたしはいつもギリギリ。  電車を一本逃しても、学校まで徒歩10分のところを5分で走り抜けば、なんとか遅刻はまぬがれるが、朝からそこまでの体力消費は避けたいところ。  たのむ! 間に合って!  駅構内を全力疾走してみたものの、無常にも目の前で電車の扉が閉まった。  どうせこんなことだろうと思ったが、いつもとちょっと違ったのは、間一髪で乗り込んだ目の前の男子高校生がホームに財布を落としたことだった。 「あのう……」  声をかけようとしたら電車は動き出してしまった。  その男子生徒は車両の中を前方へ移動している。  ずりかかったズボンの後ろポケットから音も無く転がり落ちたので気づかなかったらしい。  誰かと待ち合わせをしているか、降りるときに階段に近い車両へ移ったのだろう。財布にも、わたしにも、まったく気にもとめていなかった。  都会の電車と違って次の電車が来るまで結構間がある。  ひとけもなく、ホームには自分と財布が残された。  男子生徒が落とした財布は折りたたむタイプのもので、落とした拍子に開いて内側が丸見えになっている。  すぐ目にとまったのは、番号が書かれた楕円型の青いキーホルダーだった。カードを入れるポケットに差し込まれている。  ロッカーの鍵といったところか。どこかで見たことがあるような気がするのは、ありふれたタイプの物だからだろうか。  とりあえず落とし物として届けた方が良いだろうと拾い上げた。  駅員が見当たらないので仕方なく改札口まで戻ることにした。  次の電車まではまだ時間もあることだし、それに、現金が入っていたら何割かもらえるんじゃなかったっけ?  同じ高校生から現金をもらうのは気が引けるが、それより、思いのほかカッコイイ人だったらどうしようなどと妄想しているうちに改札口までやってきた。 「あ、ここか……」  と、すぐに番号札の正体に気がついた。  改札を出た正面に年季が入ったコインロッカーがあった。見たような気がするどころか、毎日これを目撃していたのだった。  こんな田舎町の、旅行用バッグも入らないような小さなコインロッカーを、誰が何の目的で使うのだろうと前から思っていた。  いけないことはわかっている。  でも、あの小さなコインロッカーになにを預けているのか知りたいという衝動に駆られた。  定期券だから何度出入りしても問題はない。  わたしは吸い寄せられるようにコインロッカーの前に立っていた。  やはり、彼が持っていた「36」のロッカーは使用中で鍵がなかった。  わたしは駐輪場の辺りからずっと彼の後ろを走っていたので、彼が電車に乗る寸前にこのコインロッカーを使用したのではないというのはわかっていた。  それよりも前からこのロッカーを使用しているということになる。  今朝は時間がなかったから取り出せなかったのだろうか。  古いコインロッカーだから、使用料は1回100円で、時間が経過しても料金が加算されないタイプのものだ。  あまりに日数が過ぎたら取り出されてしまうこともあるだろうが、数日では問題なさそうだ。  どうしても今日必要なものが入っているとはいえそうになかった。  それに、彼は今電車の中だ。すぐにこの場所へは戻ってこられない。  なにが入っているのだろう。  開けて覗いてみたところでバレはしない。  盗むわけじゃない。  また百円を入れて元の通り鍵をかけておけばきっと大丈夫。 「36」のロッカーはちょうど真ん中辺りの上段にあり、開けやすい位置にあった。  手にした財布から鍵を抜き取ってロッカーを開けた。  小さな四角い空間にぽつんと入っていたのは、折りたたまれた紙切れだった。  内側に文字が書かれているのが透けて見える。  ここまできて好奇心をとめることができず、わたしは紙切れを広げた。 『きみがもしこの手紙を見たのなら、もう一度ロッカーに入れて鍵をかけ、その鍵を見知らぬ誰かに渡してほしい。さもなければきみは不幸に見舞われるだろう』  なんだこれは。  小学生の時に流行った不幸の手紙のような内容だ。  財布の落とし主がこの紙を仕込んだのだろうか。  意味がわからない。  まぁ、それもそのはずだろう。わたしが勝手に開けてしまったのだから。  何とも煮え切らない気分でわたしは自分の財布から百円を出して鍵をかけ、拾った財布に鍵をしまって駅員に預けた。
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