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第3話 ストール2枚
え、もういいよ。
そう思うのに、アルフォードは俺の肩に大きなストールをかける。
上着も着せられ、すでにストールを巻かれているその上に、だ。
いや、これから寝るのにさ。
用意されてる寝間着に着替えるんだろ。
全部脱ぐじゃん。
王都にいるときは下着で寝るか、着替えずにそのまま寝るのが普通だったのに、いちいち寝る時にも着替えるなんて大変だな、金持ちの生活って。
なのにこんなにアルフォードにぐるぐるのあつあつにされているのは、夕食ぎりぎりまで庭にいたから。
なかなか戻って来ない俺を探し行こうとしたところで部屋の前のドアで出会ったらしい。
「すっかり冷え切っているじゃないか。ここは王都とは違う。寒くなるのも早いんだ」とアルフォードは怒ったように自分の上着を脱いで着せた。
というか、俺、でかいから肩にかける感じになったけど。
そして使い始めたばかりの暖炉に火を起こし、その前に俺を座らせた。
ぎりぎりまで俺を温め、俺の上着を着せ身なりを整え家族婚約者揃っての夕食。つまんない食後の団欒も終わらせ、部屋に戻ってきて、またストール2枚。
まあ、確かに。
王都より北にあるため、確かに寒い。
が、俺、そんなにやわじゃねぇけどな。
仕事は大体屋外で、依頼によっては野宿もするし、ある程度は寒さに強いんだけど。
「風邪をこじらせて毎年死者が出るんだ。
それに今年は豊作だったから食糧難にはなりそうにないが、数年前の不作のときの影響がまだ残っていて備蓄も十分ではない。
冬を越すのは、この辺りでは命懸けだ」
あ、はい。ごめん。
本気で心配かけてる。
部屋も暖められ、薄っすらと汗ばんできていたが、アルフォードのされるままぐるぐるのあつあつでいた。
それからしばらくして、2人でベッドに入った。
なんで男と。
毎晩思う。
いくらアルフォードが綺麗でも、俺はこう、むちむちとかもちもちとか華憐とか、そういう女が好みで……
「庭で父に会ったんだろう。
何を言われた?」
は?
背を向こうに向けて寝ていたアルフォードが突然しゃべりだした。
「なに、って。
子どもどうするんだ、って」
「今はそれを考える時期ではない」
「おまえはそうかもしれないけど、エイガー家には重要なことだろう」
「やはり正式な婚約をしなければ」
「ばかばかばか。
わかって言ってんのか、アルフォード。
今は偽装だけど、ゆくゆくはおまえも正式に結婚するんだろ。
正式に婚約したらそれを解消するのも大変だし、噂も立つ。
ただでさえ、どこのどいつかわからないような男を連れて帰ってるんだ。それだけでも大スキャンダルだろうが。
おまえ、大丈夫なの?
ウォールクの街、歩ける?
いじめられてない?
将来結婚する愛する女の子に心配かけるようなこと、するんじゃねぇよ」
ほんとだよ、ばーか。
「今なら『嘘でしたー』で済むんだから。
話ややこしくしちゃダメだろ。
後継者になるんだろう」
「でしたー」で済むかなぁ。どうかなぁ。うーん。
「ウォールクをもっと豊かな土地にしたい。
冬に怯えることなく暮らせるようにしたい」
あー、本気なんだな、こいつ。
だー、もう、じゃあなんで俺にしたんだよ。
もっと適任がいたはずだろうが。
俺は溜息をついた。
しばらくしてアルフォードがぼそりと言った。
「正式に婚約して解消したら、ザジにも不名誉を与えてしまうな。
すまない、軽率なことを言ってしまった」
え、なに。
こんなしおらしいアルフォードにびっくり。
いつも高圧的で、凍りそうな目で俺を見てくるじゃん。
「あ、いや。
わかってくれればいいんだ」
「それに午前中の、アレもすまない。
娘がいなかったから、母は一緒に花を摘んだり刺繍をしたり音楽を聞いたりしたい、とずっと願っていたんだ」
「まぁ、俺には不向きなことばかりだけど」
ほんと無理。
なんだけど、エイガー夫人は嬉しそうだしさ。
キャサリンとメアリーも楽しそうだし。
俺は邪魔にならないようにおとなしくしている。
居心地は悪いが、嫁候補対象外になっているのはわかっているし、いいところ見せようがないし。
「……すまない」
「剣をふるうときがあったら、任せてくれ」
一瞬間が空き、そしてアルフォードが笑った。
「母にそんな趣味はない」
「わからないぞ。
そのときにはザジ様に任せな」
「そういうことがあったら、な」
「なぁなぁ、本気で剣がふるえるところない?
稽古しないから身体がなまっちゃって。
午後のお茶会のあと、ほんのちょっとでいいからさ」
調子に乗って、思わず言っていた。
アルフォードはきっと怒ると思ってた。
「……そうだな。
明日、交渉してみる」
「お、おう」
「おやすみ、ザジ」
「おやすみ」
拍子抜けでちょっと驚いた。
翌日から夕方に剣がふるえるようにアルフォードが手配してくれた。
ウォールクには王都から派遣された騎士と領内に組織された自衛団があった。
そこの訓練に入れてもらい、剣の打ち合いの稽古もできた。
これまで我流だったが、そこに数日通っていると俺にも少し稽古をつけてくれる奴が現れた。
たった1時間のことだったが、大いに発散できた。
変わったことと言えば、毎日風呂に入れるようアルフォードが手配してくれたことだ。
稽古で汗や砂まみれになるのでありがたい。
が、ここでは薪も水も貴重品ではないかと気になった。
「そんなこと、気にするな。
兄さんたちがキャサリンとメアリーにしていることに比べたら大したことない」
アルフォードは表情を変えずに言った。
2人の兄たちはエイガー家に来るにあたり、婚約者に婚約の証となる高価な指輪を用意し、ドレスも新調し、ここに来てからもあれこれ買い与えている。
母親に「私の息子たちはあなた方にどんなものを贈ったのかしら」と言われ、女たちは「あれとこれと」と指を折りながら贈られたものを挙げていった。
が、俺はなにも言えるものがなかった。
「借金の肩代わり」、なんて言えやしねぇ。
それなりに金はかけてもらってはいるんだ。
ものが手元に残らなかっただけで。
なにかうまいこと言えればよかったんだろうけど、とっさに何も出てこない。
アルフォードも顔を少し青くしたが、それだけだった。
「ありがたく風呂に入らせてもらうけど、あの、一日おきでもいいよ」
アルフォードは面白くなさそうな顔をして「余計な心配をしなくてもいい」と強い口調で言い、ベッドにもぐりこんでしまった。
大丈夫なのかねぇ。
これでは後継者に選んでもらえないんじゃないのか。
俺にできることはなんなんだ?
寝ずに考えようと思ったが、ベッドに入るなり稽古で疲れてて寝た。
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