第4話 世話の焼ける

1/1
前へ
/5ページ
次へ

第4話 世話の焼ける

どうにも分が悪いまま2週間も経ってしまった。 相変わらず、エイガー夫人はキャサリンとメアリーとばかり過ごしていた。 俺は剣の稽古が楽しくて、ほかはどうでもよくなっていた。 剣の腕が少し上がったかもしれない。 これは次の仕事で活かせそうだ。 が、アルフォードはどんどん思い詰めた顔をし、いらついていた。 食事もあまり摂らず、よく眠れてもいないようで、やつれて目の下の隈は日に日に濃くなる。 何も言う気はなかったが、あまりにもひどい。 綺麗な顔も台なしだ。 夜、俺は思い切って言ってみることにした。 「なぁ、アルフォード」 「なんだ」 地獄の底から聞こえてくるような不機嫌な返事。 「げ、怖い声出すなよ」 「用がないのなら呼ぶな」 「あるから呼んだんだよ。 なぁ、ちょっとこっち来い」 「僕は忙しいんだ」 「忙しいって、もう寝間着に着替えているし、あと寝るだけじゃん」 「チッ」 「なにそんなにカリカリしてんだよ。 だから眠れないんだな」 「余計なお世話だ。放っておいてもらおう」 「そんな幽霊みたいな顔しやがって。 おらっ」 俺はきーきー言っているアルフォードの腕を掴むとベッドの上に転がした。 「なにをするっ!」 「あー、うるせーよ。もう夜遅いんだぞ」 「それはザジがっ」 「シーっ!」 ベッドの上で上半身を起こしまくしたてようとするアルフォードに向かって、人差し指を口に当て、静かにするように示した。 が、それに臆することなくがみがみと言い出しそうだったので、その前に俺もベッドに上がりアルフォードを足の間に座らせると後ろから抱え込んだ。 「なんだっ!離せ!」 「じーさんが言ってたぞ、こういうときはぽんぽんだ」 本物のじーさんじゃなかったけどな。 俺はアルフォードの肩先をぽんぽんと叩き始めた。 「僕は子どもじゃない!」 「3つ下だっけ?」 「25の成人男性だ」 「へいへい。 俺だって抱くなら柔らかい女のほうがいい」 「じゃあ離せ!」 「ばかばか、落ち着けって。 おまえな、領主がそんなんでどうするんだ」 暴れていたアルフォードの動きが止まった。 よーしよし。 「明日、親父さんが結論を出すからぴりぴりしているのはわかるが、今からじたばたしても仕方ないだろ」 「だから最後までなにかできることがないかと」 「これ以上なにができるって言うんだ」 「それを探そうと」 「寝不足と栄養不足で冷静な判断ができると思ってんのか。 俺ならそんな雇い主は願い下げだね」 「っ」 「俺も命を懸けて仕事を請け負ってんだ。 自分の命は惜しい。 判断を間違えそうな雇い主とは契約しない」 やっと黙った。 そうそう。 「アルフォードが後継者にならないと、困る人たちがたくさんいるんじゃねぇのか」 「え」 「親父さんと兄さんたちとウォールクについて話していただろう。 アルフォードが一番、最新の情報と技術とでこの土地について考えていたよ」 「……」 「俺、よくわかんないけどさー。 なんか、兄さんたちは『親父さんと同じ』ことをすればいいと考えているような感じがした。 ま、それでうまくいけばいいんだけどさ。 状況はどんどん変わってるだろ。 王都にいればよくわかる。 近隣諸国から入ってくる物、情報。 それにイヤなことだけど、魔物の活動も活発になってる。 領の自衛団だったら数匹ならいけるだろう。 だが最近は数が増えている。 あれじゃ魔物を狩り続けることは難しい」 「ザジ……」 「寒さと魔物。 アルフォードはそれに対処するための方法をたくさん知っている。 おまえはそのために王都で努力してきたんだ」 エイガー屋敷に来てからもずっと、2人になるとアルフォードはこのことばかり俺に話していた。 ウォールクの現状と問題点を挙げ、それについての対処法はこれがいいのではないか、と話していた。 いかに自分が学び、知識と技を王都で蓄えてきたかを語っていた。 契約のこともあるけれど、この熱意がなぁ。 応援してやりてぇな、と思わせたんだけど。 「なぁ、アルフォード」 「なんだ」 俺の腕の中でアルフォードはおとなしくしている。 俯くとさらさらのぱっつんプラチナブロンドからうなじが見え隠れする。 「なんで俺なの?」 「まだそんなこと言うのか!」 あらら、またぶり返し? そんなでかい声出さなくても。 「いやぁ、あの親父さんなら婚約者を連れ帰ることも随分前から知らせてただろ。 アルフォードなら俺じゃなく、もっといい人を選ぶか、他の策を考えるか、なにかできたはずじゃん。 ここだけなんだよな、腑に落ちないの。 オンナがおまえの顔と地位と財産目当てにするのを避けたい、というのはわかったよ。 そうだよなぁ、俺がいくら頑張ったって、オンナが好きなのは金と地位と顔なんだよなぁ」 「………」 「心底惚れた女に出会わなかった、というのもわかるよ。 だっておまえ、全然遊んでなかったし」 「うるさい」 「人生にはお楽しみも必要なんだぞ」 「おまえはお愉しみばかりだがな」 ちぇっ、好き放題言いやがって。 でも。 これでいつものアルフォードだ。 「じゃあ、男でもいい、っていうなら他にもっといただろ。 良家のお坊ちゃんとか、おまえのことをしっかり理解してくれてこんな茶番劇につきあってくれる信頼できる奴とかがよ」 「………」 「………」 「………」 「………」 「いなかった」 「は」 「こいつだ、と思える奴はいなかった」 「は?」 「適当な奴がいなかったんだよっ!」 「それはわかったけど」 「………あの夜はもう限界だったんだ。 お世話になっているフラン卿が急に倒れて土産を買う暇もないくらい働かなくてはならなくて」 フラン卿? ああ、王宮にも出入りがあって、治水だの灌漑だのの指揮を執っていたな。 「翌日にはウォールクに帰らなければならないのに、なにも準備ができてないまま、下宿に帰る途中だった。 ザジが男に裸で路上に叩き出されていたのに遭遇した」 あー。思い出したくもないあの修羅場。 かわいいマリアといちゃいちゃ愛し合っていたら、マリアの恋人だという男がやってきてさ。 俺、挿れる前だったから前も痛いくらいなのにまっぱで外に叩き出されて。 マリアは「ザジだけ。あたしが好きなのはザジだけだよ」と熱烈な目で俺に抱きついてきてたのに、なんだよー! 「君のことは少し噂で聞いていたんだ。 女にはだらしないけど、仕事はきっちりこなすし、信頼も厚いって」 なんだそれ。 褒められてないよね。 「仕事はきっちりやるよ。俺、面倒くさいの苦手だもん」 「面倒くさい女の世話をしているじゃないか」 「だって、オンナはかわいいじゃん」 「……」 「いやぁ、ミミのことはかわいそうになって、さ」 「騙されて抱え込まなくてもいい借金まで背負って」 「だってそうしないとあいつは生きていけない、って俺の腕の中で泣いたんだ。 病気の家族もいて、身体も売って、でも返せない借金があって」 「ザジがいなかったら、私、生きていけない。助けて」って泣いてたんだ。 俺が助けてやらないと、って思うじゃん。 「ミミの家族に病人はいない」 「え」 「ヒモの男がいたが、身体を売ってはいなかった」 「え、そうなの?」 「借金はその男のもので、賭け事をして負けが立て込んでいったんだ」 その男、賭け下手なの?すげぇ額だったぞ。 「薄っぺらい嘘だよ」 「あー、そうなんだ。ひとりなら大変だと思ってたけど頼れる奴がいたのか。安心しちゃった」 「頼れるかどうかはわからないけど、少なくともひとりじゃなさそうだった。別れていなければね」 「えー、全然知らなかったなぁ」 「あんなにひどい目に遭ったのに、嬉しそうだね」 「ミミが今、幸せならよかったなぁと思ってさぁ」 そっか~。 「ザジが道に転がり出てきたのに遭遇したとき、これは天の助けだと思った」 「は?」 全然わからんぞ、アルフォード。 「王都には友人は数人いたが、いつ足元をすくわれるかわからない。 それに、友達を連れて帰ったら、そのあと気まずいだろう」 「俺とは気まずくないのか」 「後腐れがなさそうだった」 「ふん、そんなもんかね」 「とにかく、あの時なぜだからわからないが、ザジだ!と思ったんだ」 「はあ」 「それだけ」 「なにが?」 「僕がザジを選んだ理由はそれだけだよ!」 「それだけ?」 「それだけだっ!」 「あー、はいはい。興奮するな」 止まっていた手をまたぽんぽんと動かす。 「なんかよくわからないけど、アルフォードは俺を信頼してくれたワケね」 「違う」 ふーん。 ふーん。 ふーん……… ふへへへ。 そういうことにしておいてやる。 「じゃ、寝るか。 明日は朝飯も食えよ。何事も体力勝負だからなぁ」 「なんだ、それ」 「雇い主にはしっかりしていてほしい、ってこと?」 アルフォードは軽く笑い、ベッドに潜り込むと「お休み」と言い、すぐに穏やかな寝息を立てた。 世話が焼けるなぁ。 ま、よく寝な。 明日には答えが出てるさ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加