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第5話 さらば、元婚約者殿!
翌日の朝食後、初日に挨拶した広い客間に三兄弟とその婚約者たちが集められ、エイガー夫妻が登場した。
バルク氏は俺たち6人の顔を見回す。
「私は後継者を選ぶにあたり、婚約者を連れて帰るように息子たちに言った。
私の息子と共にこのウォールクの地のために尽力してくれる人を見定めるためだ」
バルク氏の目が鋭く光り、俺を睨む。
「だが、この中に私たちをだましていた輩がいる。
ザジ、おまえだ」
はーい、俺でーす。
「王都で調べさせたところ、婚約どころか付き合いさえなかったではないか」
ですよねー。
隣りをちらっと見るとアルフォードなに真っ青になってる!
おいおい、ちょっと。
もうここに来て2週間経つんだぞ。
丸1日あれば王都に着くじゃないか。
俺たちのことを不審に思ったバルク氏が王都まで人を遣って調べさせても当然。
そんなに驚くことかよ。
「おまけに何人もの女と同時に関係を持ち、問題となった上に多額の借金を作り、それをアルフォードが代わりに返済している」
エイガー夫人と4人は眉をひそめ、冷淡な目を俺に向ける。
「どうやってアルフォードをたぶらかしたんだ。
あるいは脅したのか。
すぐに出ていけ。
おまえがここにいる意味などない」
「違う!
違います、父上。
ザジは僕を脅してなどいない」
あーあ、なにやってんの、アルフォード。
そんなこと言ったら、バルク氏の心象が悪くなっちまうじゃん。
「バレちまったらしゃーねぇなぁ。
美味いもの食って、楽できてたのに。
確かにアルフォードと俺はつきあったこともないし婚約もしてねぇよ。
でもせっかくやってきたチャンスだ。こんな金づる、使わないテはない」
「なにを、ザジ!
本当のことを言え!
僕のほうがおまえを脅したと話せ!」
あーあ、もう。
アルフォードは俺の腕を掴む。
「アルフォードぉ、俺がなに言っても聞く耳なんて持ってもらえないよ。
この屋敷にに来てすぐから出ていくように言われていたんだ。
それでも図々しく居座ってやっていたわけよ」
おいおい、なんて顔してんだ、アルフォード。
アルフォードは俺が真実を言わないことへの怒りと悲しみをないまぜにしたような顔をしている。
やつれた顔がますますひどいことになってる。
顔、おまえのかわいいところのひとつなんだから大事にしろよ。
それに、もう、潮時だろ。
「もうちょっと楽しませてもらえると思ったが、残念だ」
「早く出ていけ」
バルク氏は部屋中に響き渡るような大声で怒鳴っている。
「あー、はいはい。じゃ、馬と旅銀を用意してくれ」
「あれだけアルフォードからむしり取ったのに、まだせびるつもりか」
「あれは無心されたものではありません。
僕がっ、僕がっ」
「アルフォードは黙っておれ。おまえは自室で謹慎だ」
「ザジは悪くないのですっ。
僕の話を聞いてください」
「やれやれ、大人になったと思ったがやはりまだまだ子どもだな」
「違うっ」
あーらららら。
これ、ずっと気になっていたんだよなぁ。
男4人で話をしているとき、バルク氏はいつも兄たちのことは真剣に聞くが、アルフォードの話はそうでもなかった。
まだ最後まで話していないのに、「そんな甘い考えではだめだ」、「いつまで子どもでいるつもりだ」、「おまえの話はあとで聞く」と小ばかにされるか中断されるかだった。
2人の兄たちとアルフォードは少し歳が離れている。
おそらく両親と兄たちにかわいがられていたんだろう。
エイガー屋敷に来てからも、それはずっと感じていた。
なかには「おいおい、大人のオトコにそれ?!」と驚くようなこともあった。
はぁ。
「やれやれ」はこっちのほうだぜ。
「なぁなぁ。馬!旅銀!」
「ザジっ」
いーからいーから。
俺は横で騒ぐアルフォードを無視して続ける。
「無一文で王都まで帰れっていうの?
それは無理無理。
あー、どんどん寒くなるのに野宿して凍死したり、盗賊に襲われて死んじゃったらどうしよーかなぁ。
どれくらい留守するかわからなかったから、王都の自分の部屋にアルフォードとウォールクに行ってくる、って書き置きしてきちゃったんだけどなぁ。
長期間帰ってこなかったらエイガー屋敷まで訪ねてこい、って書いたんだけど。
一緒に魔物退治をしたギルド仲間が心配になってやってくるかもしれないなぁ」
書いてないけどー。
そんななの書く時間なんてなかったけどー。
「あ、パンと干し肉も持たせてくれ。あとワインも。
干しいちじくが入っていたパンがうまかったなぁ。あれにしてくれよ」
「調子に乗るな」
「だって、ここの生活、快適だったからさー。
寂しいなぁ。
やっぱりもうちょっと滞在しようかなぁ」
バルク氏の怒りが増す。
さて。
この辺かな。
「うそうそ。
馬と旅銀、食料が揃えば出ていくよ。
アルフォード、世話になったな」
「ザジっ!」
おまえねぇ、俺の名前しか呼んでねぇよ。
だから言っただろう。おまえ、ふらっふらじゃん。
そんなんじゃあ自分の嫁候補、守れないじゃん。
助けるならもうちょっとなにか言ってほしいケド、今は静かにしとけよぉ。
俺は内心ニヤリと笑った。
「あ、そうだ。最後にバルク氏に言っておきてぇんだけど」
俺はバルク氏を正面から見た。
うっひゃあ、迫力あるなぁ。
こぇーよ。
「アルフォードはウォールクの地を愛してる」
「当然だ」
「当然、ねぇ。
俺のことを調べるついでに王都で息子のこと、調べなかったの?
こいつは王都に出てからの5年間、遊びもせずにウォールクをよくするために時間を費やした」
「それがどうした」
「なぁ、魔物が増加傾向にある、のは知ってんだろ」
「それはゴル河の向こう側のことだ。あいつらは水を恐れる。ここは安全だ」
「そうかな。
最近では何体か川を渡って襲撃してきた魔物も確認されている」
「ゴル河は広い」
「冬には凍結するんだろ、その河。凍れば魔物にとっては地続き同然だ」
「……っ」
今のターナー王国で一番頭を抱えている問題が魔物だ。
「ほんとにウォールクに近づいてきているんだよ。
王都周辺はまだ小さいものだけど、この地方で確認されているのは大型だ」
「黙れ。あることないことばかりを並べおって。
我々を騙していたおまえのなにを信じろというのだ」
「嘘かどうかは、王都で調べてくるといいさ。
ギルドでさえ、それくらいの情報入ってきてるからな。
俺はこれまで何体か魔物退治をしたことがあるが、どれも小型だ。
大型を相手に仕事を請け負う奴は、俺とは格が違う。
正直言うが俺ではだめだ。
ここの自衛団を見てたけど、あれじゃ太刀打ちできねぇ」
「おまえになにがわかる!」
「わからない。
なーんもわからない。
だから、アルフォードなんだよ。
あいつはそういった情報も知識も得ているんだ。
だから」
俺はバルク氏の目を正面から見る。
「アルフォードの意見を聞いてほしい」
「おまえの言うことなど聞く必要はない」
「俺の言うことじゃねぇよ。
聞くのはアルフォードの言うこと、さ。
頼んだよ、バルク氏」
「ザジっ」
「アルフォードが仕えていたフラン卿は王宮でも注目の大臣で灌漑や治水の最先端の技術を有する人だ。確かな人だ。
こいつが酒場でいつも話をしていた奴の中には、魔物退治専門の銀星騎士団の団長もいた。
きっとウォールクを守り発展させる方法をアルフォードは考え出す!」
俺は腕を掴まれていたアルフォードの手をそっとはがす。
俺を見上げているアルフォードの目はキラキラと光ってた。そして潤んでいた。
綺麗だなぁ。
「アルフォード、おまえならできるよ。
いつかますます素晴らしい土地になったウォールクにまた来る」
おまえはこれまで蓄えた力を発揮しろ。
「いい嫁さんもらいなよ。
俺みたいなごつごつして、物事がよくわかっていない奴じゃなくてさ、もっといい奴。
あ、そうそう。
バルク氏とアルフォードにも言っておくけど、あんまり『赤ん坊、赤ん坊』って言ってやるなよ。
ああいうのは、自然に任せておかなくちゃ。
俺たちにはどうしようもないし、それに、オンナは子どもを産む道具じゃない。
愛する人はありったけでかわいがってやるのが大事なこと、だ!」
ヤベ、ちょっとしゃべりすぎたな。
ま、言いたいことは言った。
俺は一礼をして部屋を出ていった。
***
昼過ぎ、俺はアルフォードと馬を並走させていた。
あのあと、アルフォードは家族にこれまでのことを全部正直に話したらしい。
王都で学んできたこと、魔物のこと、そして俺とのこと。
あのまま俺を悪者にしとけばよかったのによぉ。
俺の渾身の演技が台なしじゃねぇか。
ま、バルク氏はアルフォードのことを見直したようなので、ようやく話を聞いてもらえそうになったのは、よかったよかった。
俺はお役御免で、要望通り馬と旅銀、食料をもらって王都に帰ることになった。
思ったより多くの旅銀をもらったので、ぷらぷらとあちこちの街を見ながら帰るつもりだ。
見聞を広めておくことは、悪いことじゃねぇからな。
街外れまできたところでアルフォードが馬を止めた。
ので、俺も一旦止めた。
「見送りはここで」
「ああ」
「ありがとう、ザジ。
僕はもっと自分の意見を聞いてもらうように努めることにする」
「ああ、おまえならできるよ」
アルフォードはキラキラした目で俺を見る。
ふふふ、男前の顔になったなぁ。
「世話になったな」
「ああ」
「借金のこと、ありがとな」
「もう騙されるなよ」
「んー、気をつけとく」
「ザジ」
「ん?」
アルフォードが馬を数歩進め、俺に近づいてきた。
ぐいっと上着の襟元をつかまれ引っ張られる。
え、落ちちゃ……う
………
………
う?
あっという間のことだった。
アルフォードの唇が俺の唇に重ねられた。
ふぁ?!
キス?
キス?
アルフォードが俺にキス?
どういうことだっ、と叫ぼうとしたときだった。
「うわっ」
アルフォードが俺の馬の腹を軽く蹴った。
馬は軽快に走り始めた。
え?
え?
え?
どういうことだ?
「さらば、元婚約者殿ーーーーーーーー!!
また、会いましょうーーーーーーー!!!」
アルフォードの叫ぶ声が後ろで大きく響いた。
おしまい
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