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しかし、慌ててすぐに声を潜めた。
全国各地に同僚がいるため、どこで耳をそばだてているか分からず、その上顔も知らない人間が多い。
下手に悪口をまくしたてれば、翌日には職無し、家無し、寄る辺なしという笑えない状況だ。
その時は確か北海道に日帰りの予定だったが、偶然同地に赴任していた同僚から飲みに誘われたため、ススキノで、肩を並べてビール片手に話し込んでいた。
何度も北海道には足を運んだが、こういういかにもな場所に来るのは初めてで少し浮足立っていたのだ。
その同僚は外聞を気にする性質ではないため、僕の発言に、酒の入った勢いで大声で笑った。
「馬鹿かお前は。俺らの仕事なんて誰でもできるだろ。有能とか無能とか、依頼内容に不適合とか適合とか関係ない」
「依頼内容と社員の人選は、ランダムだっていうのか?」
「絶対ランダムだって。でも、馬鹿正直にそう言ってると社員のモチヴェーションが持続しないだろ。だから嘘でも『ああ俺はこの依頼にふさわしいと思われたんだ』と誇ってもらわないと困るから、表向きはそういうことになってるんだ」
「そういうこと?」モチヴェーション、という言い方が気に食わなかったので、わざと聞き返してやる。
「だからぁ」同僚は完全に酔いが回っていた。
呂律の回らない舌で懸命に何かを訴えようとするが、もう駄目だ。潤んだ瞳は遥か遠くを見据えている。
と、俺は分析する。彼はどうにかそれだけを叫ぶと、ジョッキの残りをあおった。ああそうですか、と僕は独り言ち、横で机に突っ伏した同僚の赤らんだ首筋を見つめていた。
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