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ここまで思い出して僕は、今回の赴任先である県のランドマークを仰ぎ見た。潮の香りが空気中に漂い、そうかここは港町なのだな、と今更ながらに思い出す。
たまにすれ違うカップルの和やかな会話と汽笛が耳朶をくすぐった。
依頼人はこの近くの病院に入院している。
病室番号のみ会社から電話で告げられた。その際、僕ら社員はおおよその到着時間を聞かれるが、10分と答えようと5時間と答えようと依頼が撤回されたことはない。
依頼人も僕らの移動に関する事情は折り込み済みのようで、前に鹿児島から青森に2日かけて赴いた際にも、小言一つ言われなかったため、逆にこちらが恐縮してしまった。
なるべく早く来てほしいはずなのだが、と僕は内心首を傾げる。
会社はこのことをどう思っているのだろうか。
各地にニーズがあることを理解しているのならば、社員を各地に定住させ迅速に業務を遂行させたほうがいい。
両者の負担を考えれば、それが最も良い方法であることは間違いない。
そこまでして「ふさわしい」社員を選びたいかね、とまあそういうことだ。
それでも会社は長らくこの方法で、依頼人と社員をマッチングさせ、利益を得ている。世間からの評判も悪くはないようで、依頼が途絶えることはない。繁忙期は特にないが、年中適度に忙しい。
このようにまったくもって訳の分からない、全てがベールに包まれた会社だが、それを文句も言わず受け入れる社員も社員だ。
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