秀秋協奏曲

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 何者かに肩を叩かれて目覚めた高校生早川秀秋はあたりを見渡してあまりの光景の異常さに呆然とした。秀秋の目の前には歴史の授業でしか見たことのない鎧姿の侍がずらりと並んでいたからだ。彼らは一様に真剣そものの眼差しで自分を見ている。そして何か体中が締め付けられているような気がしたので自分の体を見てみると、なんと自分も鎧をきているではないか。あれ、確か自分は授業中に眠っていたはず、なんでこんな所に。そうかこれは夢の中の夢。また寝よう。そして再び眠りに落ちようとした秀秋に担任によく似た侍が口を開いた。 「恐れながら殿!今は眠っているときではありませぬぞ!こんなときに呆けているとは殿!しっかりなされませ!」  しかし秀秋はこれも夢と、侍を無視していると、なんと侍が近づいてきて秀秋の耳元で思いっきり怒鳴ってきたのだ。 「殿!いい加減になされませ!いつまでも駄々っ子のように戦は嫌じゃ嫌じゃなんて言っておられませぬ!こうして殿のために命を投げようとしているものがいるというのに殿は!殿は!」  そこで早川秀秋はこれが夢でなく紛れもない現実であこと気づいたのだ。まさか自分がタイムスリップをするとは思わなかった。しかしタイムスリップ先で自分がなんで殿様扱いされているのかわからない。なんかの誤解だろう。だから彼は侍たちに早く自分を現代に返してもらおうと思って、自分は違う時代に生きているただの高校生早川秀秋であることを説明したのだった。彼らは秀秋の説明を無表情で聞いていたが、聞き終わるなり一斉に彼に向かって怒鳴って来たのだ。 「この期に及んでまだそのようなお戯れを!ああ!何が勘違いであるものか!いつも殿を慕っている我々家臣に向かって勘違いしているとは何事か!下手くそなおとぼけまで使って何が孝行せいの早川秀秋か!殿は中納言小早川秀秋ではありませぬか!」  秀秋は事態のあまりの異常さに頭が真っ白に何も言うことが出来なかった。俺が小早川秀秋だってすると、俺、もしかしたら裏切っちゃうわけ?そして三成とかに文句言われて、挙句の果てにその三成に呪い殺されちゃうわけ?嫌だよ!そんなの!俺まだ死にたかねええよ!逃げよう!今すぐここから逃げよう!早く逃げちまえばいつの間にか元の時代に戻れるはず。だって結局これは夢なんだし、夢はいずれ覚めるじゃない?しかしそんな秀秋の願いは家臣の一言で中断された。 「殿!来ましたぞ!三成殿から参陣お願いいたすとの御文。ああ!さすが三成殿は豊臣家一の忠臣!参陣されたら殿に二カ国の加増をお約束いたすとのこと!殿是非参陣なされい!」 「殿!こちらからも来ましたぞ!狸親父の内府殿からの御文でありますぞ!お前裏切らなかったらどうなるかわかってるよな?まずはお前の陣に大砲打ち込んでぶち殺してやるからな!そしてお前をたぬき汁の中に打ち込んでやる!ああ!何という恐ろしき内府か!ここは我軍を守るため一旦は内府殿にお付きくだされ!」 「卑怯者!そなたはそこまで卑屈であったか!そこまでして命が惜しいのか!それでもそなたは武士か!」 「ワシはそなたほど理想主義者ではないわ!命あってこそのものだね!殿、ここはこらえて内府殿にお付きくだされ!」 「馬鹿者!ここで内府についても内府が負ければ同じことではないか!それにそなたは我軍が内府ごときに蹴散らされると思っているのか!」 「やかましいわ!内府殿は無類の戦上手!まともに当たっては到底勝てぬ!それに三成も怪しいわ!二カ国の加増だと?そんなチンケなものでだぶらかされおっておって!いいか?あやつは茶々と組んで豊臣家を我が物とする気じゃぞ!」 「また、三成殿からの御文。ああ!何度もこうして御文をくれるとはありがたい!……なんと殿!今度は殿に関白の位をお約束するとのお言葉!殿、関白ですぞ!これで参陣しなかったら大馬鹿者と後世から罵られましょう!殿ぜひ参陣を!」 「また、内府殿からの御文。ああ!もう内府殿はカンカンです!テメエ!早く参陣しろよ!今大砲ぶっ放すために準備してるとこだ!早く返事よこさないとぶっ放すぞ!ああ!もう一時の猶予もありませぬ!三成の甘言などに惑わされるな!関白だと言われてのこのこでかけたら金箔の間違いだった言われるに決まってます!殿一刻も早く内府殿につかなければ我らは全滅してしまうでしょう!」 「全滅しても武士の面目が立てばよいではないか!貴様それでも武士か!」 「何が武士の面目か!関白にするとの甘言に釣られて全滅したら、それこそ後世の笑いものだわ!」 「殿、また三成殿の御文。関白にするからお願いとのこと」 「殿、内府殿からの御文。早くしねえと大砲打ち込むぞとのこと」 「殿、また三成殿の御文。関白にするからお願いとのこと」 「殿、内府殿からの御文。早くしねえと大砲打ち込むぞとのこと」 「殿、また三成殿の御文。関白にするからお願いとのこと」 「殿、内府殿からの御文。早くしねえと大砲打ち込むぞとのこと」 「殿、また三成殿の御文。関白にするからお願いとのこと」 「殿、内府殿からの御文。早くしねえと大砲打ち込むぞとのこと」 「殿、また三成殿の御文。関白にするからお願いとのこと」 「殿、内府殿からの御文。早くしねえと大砲打ち込むぞとのこと」 「殿、三成殿もいい加減にしないと大砲打ち込むぞとのこと」 「殿、内府殿からの御文。もうヤッちゃうよ!とのこと」  もはや一刻の猶予もなかった。家臣たちが三成と内府の文を持って早川秀秋に歴史的な大決断を迫ってくる。しかしただの高校生の彼に決断をするだけの勇気などあるはずがない。秀秋はただ震えるだけでどうすることも出来ず、ただ呻く事しか出来なかった。 「うわあああ……。うわあああ……」  しかし家臣たちはそんな早川秀秋を取り囲み彼の顔に文を突きつけ早急の決断を迫ってきた。 「殿、ご決断を!」
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