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「あの、落としましたよ。」
「……ありがとうございます。」
今度は辛気臭い若い男。頬には潰したのだろうか、ニキビの跡が赤く盛りあがっている。
彼の手には赤い封筒。
拾わないでよ。というか、見えないでいてよ。
私の胸の中の毒吐きは音にはならないけれど体中から吹き出してるはず。それこそニキビのように。
にも関わらず拾った青年ははにかみながら私に手渡してくれる。
今日で既に十二人目。このところやたら私の手紙を拾う人間が多い。毎日二桁は正直私でも堪える。
あのね、それは死へと誘う招待状なんだよ。貴方は親切に拾ってくれたけど私はちっとも嬉しくないんだよ。
それが見えるということは少なくとも貴方が死に関心があるという事。
それが拾えるということは貴方が死に近づいているという事。
それを私に渡すということは死を承諾したという事。
私は封筒を開けて真っ白な便箋を取り出す。
開いても何も書かれてはいない。当たり前だ、今から書くのだから。
「本当に助かりました。」
「あ、いえ、お役に立てて良かったです。」
後ろ手で頭をかきながら返してくる。
この人はいい人だ。瞳の奥の眼底まで澄んでいる。ならばなるべく安らかな死を。そうだ、交通事故で即死がいい。それにしよう。
私は彼の顔を見ながら死の過程を調達する。できる限り苦しまずに死出の旅に出られるように。
文字が浮かんだのを確かめて封筒に戻す。
青年は既に交差点を渡り終え、人混みに紛れた。
私は封筒を空のポストに投げ入れる。死の天使達の元に速やかに届くように。
そして再び封筒を地面にばらまく。出来ることなら誰も拾わないようにと願いながら。
己を呪いながら。
己の所業を呪いながら。
だが君よ、願わくば生きてくれ。私の呪いを跳ね除けて。私は望まない、君の死を。
何故ならば運命は自分で選ぶもの。人生は自分で創るもの。
神やその使い魔に左右されるものでは決して無い。それは人混みに紛れ人の意識に入り込んだ結果、私が得た真理。
私は永く人の世に居すぎた。人の心に馴染みすぎた。人は皆優しい。
神に似せて作られたにも関わらず。
だからこそ私に構うな。死の色に染った招待状を拾うな。
興味本位に私を呼ぶな。
気安く死を語るな。
そう。
私は、私の名は、
死魔。
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