行く先は感情図書館

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 灯りの乏しい施設内。背表紙が真っ白な本が無限に並んでいるかと思うほどの広さ。人の気配の全く無い冷えた空気。私は耳が痛くなるほどの静寂の中走った。  思い出した。私は以前、この図書館に来たことがある。  奥の受付に座るのは、一人の女性。  小柄な体躯で椅子に座り、幾冊もの白い本に囲まれている。  彼女の身に付けているエプロンにはプレートが付いており、『感情図書館 司書 (はと) (むぎ)』と書いてあった。 「鳩麦さん!」 鳩麦さんは、心底怪訝な顔をした後、またすぐに真っ白な本に視線を落とした。  そしてすぐに私に顔を向けると、 「以前も言ったでしょう、女性の名前を許可もなくフルネームで呼ばない!」 私を一喝した。  私が今来ている場所は、この世の図書館とは少し違う場所、『感情図書館』と言うところだそうだ。  ここにあるすべての本は、どこかの誰かの人生が一冊一冊に綴られているらしい。  以前、偶然この感情図書館に紛れ込んだ私は、姿の見えない利用客、『きよか』と言う女性の悲しみの理由を、快刀乱麻の活躍で解決に至った。  その素晴らしい功績を讃え、いずれはここの職員として働かないかと言う恐ろしい手紙を、彼女から貰った事があるのだがーー。 「すいません、鳩麦さん」 「首藤さん、貴方は少し、この感情図書館に足を運びすぎじゃあないんですか? 生身の人間がほいほい入って来れるものじゃあないんですよ?」 「いやしかし、以前も言っていた条件、『児童書コーナーから一番近い図書館入り口前で、右の靴のかかとを三回鳴らす』……でしたっけ。いくらなんでも、条件が緩すぎると思うんです、私のように、シンデレラになりきって図書館から帰宅する人が沢山居たら、感情図書館は今に人間の利用者でパンクすると思うんですよ!」 「何を言ってるんです?」 私は今日、ここ感情図書館にやって来たことのあらましを説明した。  鳩麦さんは、心の底から呆れ返った顔をした。シンデレラになりきった青年を見る表情ではなく、阿呆(あほう)を見る顔である。 「まあ、せっかく来たんだから閉館まで居たらどうですか。幸いにも利用者の方はまだ居りませんし」 「鳩麦さん、先日送って下さった手紙とはまた雰囲気が違いますね」 「まあ、この短期間に何度も生身でやって来れることには驚いていますが、あの手紙は貴方に粉かけたようなもんですよ。常にバイトだけで回っている居酒屋の店長が大学生アルバイトに、『卒業したらウチ来いよ』って言ってる感じです。何度も解決出来るかなんて、ハナから期待しちゃいませんよ」 私は鳩麦さんの口から、居酒屋バイトあるあるが出てくることに、少々驚いた。 「あら?」 鳩麦さんは、私の背後に視線を向けた。 「ご利用者様です、首藤(しゅとう)さん、ちょっと私の後ろに下がって」 鳩麦さんは受付カウンターから出、私はその後ろに立った。 「何か、お探しですか? なにが見つからないか、お分かりですか?」 鳩麦さんの声は、とても優しく、館内に響いた。
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