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しかし、現実は残酷だった。
願ったように時が止まることもなかったし、彼との関係がどうにかなることも……多分無い。
私は次の駅で降りるし、彼もきっと学校の最寄り駅で降りる。そうしてお互いに重なることの無い日常を送るのだ。
「ん、ふわぁ……」
右肩から腑抜けた声が聞こえる。
その声はずるい、ずるすぎる。
「あれ……すいません」
彼はまだ眠そうな声で小さく言った。
彼の声をまともに聞いたのも今日が初めてだった。低くて深くて、優しい声。甘くほろ苦いチョコを連想させるような、かっこいい声だ。
「いえ、全然……」
そう答えるのがやっとで、なんだか気まずくなった私は席を立つ。
十数秒後、電車がゆっくりと停車し、目の前のドアが開いた。
「さよなら。またどこかで……会えなくてもいいか」
間違って一瞬だけ重なってしまった私たちの日常に別れを告げて、開いたドアの向こう側、本当の日常への一歩を踏み出した。
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