1章 その1

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 ここは現実世界の裏側だ。私の脳の内にある「夢のかけら」という部位に棲む細菌のような存在として、私たちは生きている。  ここで生きているのは私と三号、あとは私が過去に創造したキャラクターの中で、物語として完成しなかった小説、脚本に登場した落ちこぼれキャラクターたちだ。  他には私の暮らしに実在する男性たち。もちろんここではみんな私の男だ。物語は豪華なベッドの上でやる!ってだけのもの。もともと作家志望だったくらいだから、物語はいくつも作ってたんだけど、この歳になるとエッチするのに物語はもう要らないの。だから物語はいつまでも未完成だ。  それと一号と二号はもうここにはいない。一号は自然消滅するまでこの世界にいた。二号、実はロックスターを目指していたときの私なんだけど、二号はさっさと知り合いの「夢のかけら」に引っ越してしまった。そこで夢の続きを見ると言って。どう転がっても私がロックスターになることはないんだけど、二号はバンド仲間だったその子がロックスターになるのを見たいらしい。  二号も三号も私の過去であり、四号である私とは共通項が少ないのだから、彼女たちと意見が合わないのは仕方のないことだ。  現実世界の私はこのあとシャワーを浴びて、鎮夫さんのクルマでアパートまで戻り、お別れのチュウなんかして、部屋に戻って眠るだけだ。夢のかけらに棲む私が見ておくようなことは何もない、私は物見の塔を降りることにした。 「私は降りるけど、あなたはどうする?」 「ここにいたってしょうがないじゃない、降りるわよ」 「あなた、旅立つ予定はないの?ここにいたって、あなたの夢はもう叶えられないのよ」 「まだ望みがあるから消滅されずに生きてるんじゃない?」  階段を降りると、白いローブを纏った長髪の男が階下で私たちを待っていた。  二十年以上も前に映画のシナリオコンクールに挑戦して、結局最後まで書ききれずにやめてしまった「白い鉄線」に登場させた怪しい新興宗教の教祖様だ。名前は黒岩立男、だったっけ。 「ハーイ、教祖様」と私は挨拶した。 「外を見に行くの?今日はもう家に帰るだけみたいよ」 「うん。私の仕事は夜だったように思うからな」 「あ、そうだったっけ。どうぞごゆっくり」と私。 「膝はもういいの?」と聞いたのは三号だ。 「良くなんかならんよ。杖なんか用意してくれたらありがたいのだが」  恨めしそうに私の顔を見るけど、私はスルーして、歩き出した。 「相変わらず冷たいわね」と三号の声が聞こえたが、私はそれもスルーして我が家に戻った。
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