第12章 終幕 *

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オリビアは師の本をもとに、自分なりの薬学書をしたため始めていた。新たに作った薬や、女性の体を健やかに美しく保つための茶や薬、肌を癒すクリームについても書き記した。 それとは別に、イリと一緒に、かつての旅についても書き残していた。いつか、娘に読ませてあげたいと思いながら。 「薬師さま、最近夜になると頭痛が酷くて」 「薬師さま、子どもの(かん)の虫を治めてくださいませんか?」 「薬師さま、先日いただいたお薬、とても効きました」 「薬師さま、」 「薬師さま、」 賑わうマーケットの中、オリビアのもとをたくさんの人が訪れる。傍らでイリの弟子が、かつて彼がそうしたように、子どもたちに大道芸を披露していた。弟子の妻が、楽しそうにアコーディオンを弾く。 「先生、」オリビアの弟子が生薬を手に訊ねる。「腹に効く薬をと頼まれました。調合を見ていただけますか?」 「ええ、とてもいいと思うわ。そのまま出してあげて」 ぱっと顔を輝かせ、弟子は小走りに患者のもとに駆け出していった。かつての自分も、きっと同じように師に訊ね、そうして喜んで駆けて行ったに違いない。 弟子には、とにかく患者の声に耳を傾けるように伝えていた。要領を得なくても、長話になっても、じっと耳を傾けることで癒える部分も大きいのだと伝えた。弟子はその舵取りがとても上手だった。耳を傾け、笑顔を向け、そっと言葉をかけて核心を話させた。寄り添い、向き合う力に長けていた。 「そろそろ戻りましょうか」 オリビアが弟子たちに声をかける。荷台には人々からもらった野菜や肉がたくさんに詰まっていた。 「今日はかぼちゃをいただいたのね。ねぇシェイラ、これ、パイにしてもいいかしら」 声をかけられたイリの弟子の妻は顔を綻ばせた。 「まぁ、うれしい!先生、私にもお手伝いさせてくださいな」 「ええ、」オリビアも笑う。「皆でいただきましょう」 小高い丘を登り、豊かな煙の立ち上る我が家に帰る。仕事を終えたアメリが草を食み、おいしそうに水を飲む。朝干したシーツや服が、夕方の風を浴びてからりとなびいていた。 「おかえり。おや、今日もずいぶんたくさんいただいたんですね」 穏やかなイリの声に、ほっと息をつく。 「ええ、食事にしましょう。今日は皆も一緒に」 「ちょうどアンナとヨニも来ています。賑やかでいいですね」 扉の向こうではにこやかに娘夫婦が待っていた。 「腕を振るわなくっちゃ」 オリビアはにっこりと笑い、竈へと向かった。 〔完〕
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