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猫も杓子もってフレーズ、実用的じゃないと思うの。
「杓子」の意味、よく分からないし。
私は猫だ。齢にして2歳。
でも今私がいるのは屋根の上でも、日当たりの良いリビングでもない……高校の教室だ。
私は人間に化け、「伊端 珠」という名前の女子高生として、先月から人間の高校に通っているのです。
理由は、楽しそうだから。
水曜日の午後16:00。
今日の7限目はホームルーム。いつもの授業とは違って、クラス内で何かを決めたりする時間らしいです。こんな時間があるっていうのも私、高校に入って初めて知りました。人間って勉強だけじゃなくて、学校で色んなことをするんですね。
なんでも今月末に学校内で大きなイベントがあるらしくて、それに向けての会議をするって吉岡さん(仲良しの女の子です)が言っていたような。……でも未だにそれがどういうイベントなのか、私いまいち分かっていないんですよね……。
確か……「文化祭」っていったっけ。
* * * * *
「文化祭の出し物を決めます」
教卓の前でこう宣言したのは、1年C組文化祭実行委員の吉岡。
その声を合図に、一斉に沸く女子たち。曖昧なテンションでそれに乗る男子たち。文化祭ってなんだろう……とぽかんとする伊端珠。
ここ1年C組の教室では、11月末に行われる文化祭に向けて、クラスの出し物を決めるための一大会議が開かれようとしていた。
「目標は動員数学年1位! 文化祭に来た客をごっそり持っていけるような強烈なアイデアを求めます! それでは、何か案ある人!」
出だしからフルスロットルのテンションで会議を回す吉岡。
「はいっ!」
「はい! そこの童顔女子!」
童顔女子と呼ばれて立ち上がったのは、その呼び名に違わぬ幼顔をした小柄な女子。1年C組きってのミーハー番長、田中である。
「コンセプトカフェがやりたいです! 文化祭といえばカフェ! 若さという資本を存分に活かしてお客さんに至福のひと時を!」
田中の案に、早くも賛成! の声が上がる。
「いいね」教壇で不敵に笑う吉岡。「して、どんなコンセプトでカフェをやろうというのかね?」
「私の希望は」そこで息を吸う田中。「魔女カフェです!」
おお、とざわめく女子。頭上に「?」マークを浮かべる男子。カフェってなんだろう……とぽかんとする伊端珠。
「ダーク & ミステリアスをテーマに、魔女が運営するカフェという設定で妖艶なコスプレを売りにした出し物にしたいです! 内装は黒を基調とした怪しげな感じで、メニューも魔法をイメージさせるようなサイケデリックなものを考えたいです!」
「賛成!」
「同意!」
「異議なし!」
田中の説明が終わるや否や、教室中から集まる女子の賛成票。
それもそのはず、実は会議に先立って女子の間でこっそりと案出しが行われていたのだ。
1年C組の女子は総じて文化祭への意識が高い。会議の場で不毛な争いを生まないために、予め大まかな方針に関する合意が女子の中で構築されていたのである。なお彼女らの方針の中に、男子の意向は全く考慮されていない。
「決定!」
黒板にでかでかと書かれた「魔女カフェ!!」の文字が大きく赤丸で囲まれる。盛大な拍手をする女子。
「早い!」
呆気にとられた男子から総ツッコミが入る。魔女ってなんだろう……とぽかんとする伊端珠。
「あの……1つ質問なんだけど」
そう言っておずおずと手を挙げたのはC組きっての優男、姫島である。
「『魔法カフェ』とかではなくてあくまでも『魔女カフェ』なんだよね? 男子は何すれば良いの? 受付? もしくは演出?」
吉岡は事も無げに答える。
「女装」
「却下だよ!」
男子から猛反対が入るが、文化祭においてこのクラスの舵を切っているのは完全に女子であった。男子そっちのけで話が進んでいく。
「ということで……早速演劇部の子から衣装のイメージサンプルを借りてきました! これが女子衣装のパターンA」
と、吉岡は明らかに前から用意されていた段ボールを取り出し、黒い魔女衣装を見せる。きゃ~! 妖艶~! と盛り上がる女子。
「話進めんな!」
「反対だって言ってんだろ!」
「あ、そうだよねごめんごめん」
男子のブーイングを前に、再び段ボール箱を漁る吉岡。そして手にしたのは、女子衣装より明らかに肩幅が広く作られた魔女衣装。
「男子の衣装はこれでーす。パターンB」
「そういうことじゃねえよ!」
「誰が衣装の心配したんだ!」
「民意を汲め民意を!」
あまりに理不尽な流れに団結抗議する男子一同。しかし、吉岡を始め女子一同はこれも計算内であった。
「まあまあ~。確かに設定聞いただけじゃピンとこないかもしんないけどさ。試しにどんな感じになるか見てからでも良いんじゃないかなぁ。ということで」
突如、教室のドアがガラッと開く。
「着ていただきました!」
吉岡の声に、ドアの方を見る一同。
そこには、いつのまにか教室から拉致されていた伊端珠が、黒い魔女のローブ姿で立っていた。
「へ、変じゃない、ですかね……」
戸惑いつつローブの裾を持ち上げる伊端珠。頭にはこれまた黒い三角棒を被り、完全に魔女のコスプレに身を包んでいる。
そしてその三角棒の下からちょこんと除くのは、小さな猫耳。
アクセサリーではない。正真正銘、本物の猫耳である。
いきなり魔女の衣装を着せられた伊端珠は緊張のあまり変身が緩み、猫耳を出してしまっているのだった。
それだけでなく、持ち上げたローブの裾からは、これまた明らかな猫の尻尾がちょろっと覗いている。
そのどちらに対しても、本人が気付いている様子はない。
可愛いとしか言いようのないその光景に、思わず恍惚となる一同。
そして呆然とする男子たちに、改めて意見を伺う吉岡。
「どうでしょうか、魔女カフェ」
男子一同は口を揃えて言った。
「やりましょう」
かくして1年C組の出し物となった魔女カフェは、伊端珠をはじめとする女子たちの魔女姿に惹かれた他校の男子生徒と、また女装男子を目当てとした一部の女子層から絶大な人気を得ることとなり、文化祭期間中まさに猫も杓子も押し寄せるほどの一大出し物となるのだが、それはまた後の話である。
伊端珠は思った。
よく分からないけど、文化祭って楽しそうだな、と。
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