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舗から少し歩き、川に掛かった小さな橋に差し掛かった所で会社に連絡した。
「…なんか、あっさりしてたな」
通話を切って独りごつ。
出来ないんじゃない、やれ。を本気で宣ってくるあの上司が、ふたつ返事どころかひとつ返事で了承してきたぞ。明日は地球最後の日になるんじゃないか…。
戦々恐々としていると、ぽと、と足元に何かが落ちてきた。
「これ…」
さっき和菓子屋の窓枠に飾られていた、紫色の折り紙で折られたすみれの花だ。
しゃがんで拾いあげる。瞬間、りん、と鈴の音が聞こえた。
あ、まずい、
思うも時既に遅く、顔をあげた時には眼前につぶらな目を爛々と光らせた毛玉が突進してきていた。
「ぎゃあ」
女子にあるまじき悲鳴をあげて、尻餅をつく。
結構痛くて涙目だってのに、この上、か弱い女子の腹に陣取った毛玉がご立派な尻尾を得意気に振って宣言してきた。
「おい人間。おれ様がわざわざ選んでやったぞ、名誉に思っ…」
「----いいか、尻尾の毛を毟られたくなかったら今すぐ私を還せ」
尻尾をむんずと掴み逆さに持ち上げられた毛玉--犬…いや、狐か--は、私の顔を見るなり悲鳴をあげた。さっきまでの威勢は何処へやらだ。
「は、般若…!?」
「誰が般若だ! さっさと還せ! こちとらなあデスクに仕事が山積みなんだよ!」
「うわああん、オイラが思ってる人間と違ううう!」
「ひとを見かけで判断すっからだ!」
ぎゃあぎゃあ散々言った後、私は狐を地面に降ろしてやった。脅したところでどうにもならないことを悲しいかな経験則で知っている。
「はぁー…ひどい目に遭った…」と言いつつ尻尾を前脚で撫でさすっている狐を見て、私は腹の底からため息をついた。
「…当たり前のようにしゃべってるよ…」
「なんて?」
「…いい、気にすんな…」
もう慣れたもんだ。
もうぬいぐるみだろうが狐だろうが、いきなり人間の言葉を話し出しても驚かないぞ私は。
「で、私に何を手伝わせたいわけ?」
「そう! そうだ!」とぴょこんと跳び上がり、今まさに私が掴みあげていた尻尾からごそごそと何かを取り出してきた。
それは折り紙で折られたすみれの花だった。折り紙の裏面が見えてしまっている拙い花だ。見覚えがありすぎる。
「待って、まさか和菓子屋さんの舗先にこれを置いてるのって…」
「オイラだ!」
水を得た魚のように意気揚々と狐が話し出した。
曰く、あの舗にいる女の子がよくすみれの花を折っていたそうだ。ある日、女の子が縁側で折っていたすみれの花が風で飛ばされてしまった。しばらくの間捜していたが結局見付けられず、肩を落として家の中に入っていった女の子を狐は見ていた。女の子が風で飛ばしてしまったすみれを持ちながら。
「あの花はいつの間にかボロボロになっちゃったけど、オイラはあの子に花を返してやりたいんだ。でもオイラの脚だと、キレイに折れない…。どんなに折ってもあの子が折ったような花にならない。だから頼む、これをキレイに折ってくれ」
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