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明日は雨かな。
ぼんやりとそんなことを考えた時、ゴーちゃんの怒声が飛んできた。
「モタモタしてんじゃねーよ。さっさと投げろ」
「ご、ごめん」
明日は雪ちゃんのお別れ会である。その時の出し物で、僕とゴーちゃんはグミの口キャッチをやることに決めた。僕たちはその練習のため、近所の河原に来ている。グミを投げるのは僕の役目で、ゴーちゃんは大きな口をぽっかり開けてグミが放り込まれるのをただ待つだけ。なんということはない、ゴーちゃんは単に学校で堂々とお菓子を食べる口実が欲しかっただけなのだ。
「でもこんなの見て、雪ちゃん喜んでくれるかな?」
僕は遠回しに不服を述べた。雪ちゃんに最後に見てもらう出し物だったら、もっときちんと思い出として記憶に残るようなものを披露したかった。
しかし僕の思いはゴーちゃんには伝わらず、「だったら目隠しでもしてやろうぜ。その方がすげえって感じするだろ」と言って、ゴーちゃんはランドセルの中からぐちゃぐちゃになったバンダナを引っ張り出し、それを僕に寄越してきた。お弁当持参で社会科見学に行った時、お弁当を包むのに使ったものだろう。甘いような酸っぱいような、決していいとは言えない匂いが鼻をついた。
最初は投げる役の僕が目隠しをすることとなったのだけれど、それはすぐに取りやめになった。僕には、目隠しをしたままグミをゴーちゃんのいる所へ正確に投げるような芸当はできなかったし、ゴーちゃんはゴーちゃんで、僕が下手くそに投げるグミの落下地点へいちいち移動しなければならない面倒を嫌がったのだ。
今度はゴーちゃんがバンダナで目隠しをした。そして直立不動でさっきまでと同じように空に向かってぽかんと口を開ける。ここに正確にグミを放り込め、ということである。
僕は憂鬱な気持ちになった。
そもそもこのグミは普通のグミよりも柔らかめで、狙いを定めて投げるのに適しているとは思えなかった。
にもかかわらずこのグミを使うことになったのは、ゴーちゃんがこれを好物としているからであって、しかもゴーちゃんのお小遣いで買うには少し高めだったからだ。今回の出し物で使うグミは、「お前の方が雪と仲良かったんだから」という理由で、全て僕が買うことになっていた。
僕は手の中のグミの袋を覗き込んだ。残りは少なくなっている。練習で上手くできなかったら、また新しいものを買いにお菓子屋さんへと走らされるだろう。文句を言えば重いゲンコツを食らわされるから言う通りにするほかないけれど、僕だってお小遣いはそんなにたくさんもらってないから、これ以上のお金をグミに使うのは避けたい。
かといって、このやたらとプニャプニャしたグミを百発百中でゴーちゃんの口に投げ入れる自信も、僕にはないのだけれども。
きっと僕は、5分後にはお菓子屋さんへと全力疾走させられているだろう。
「何やってんだよ、グズ! ほら、5秒以内に投げないと罰ゲームでしっぺ5回だぞ!」
「えっ、わ、わかったよ」
ゴーちゃんはゲンコツだけじゃなくて、しっぺも痛い。やられたところは赤く腫れて、次の日になってもジンジン痛む。
僕は慌ててグミを投げようとした。
その時である。
あ、またツバメ。
ツバメが低く飛ぶと雨が降る、とおばあちゃんが言っていた。やっぱり明日は雨かもしれない。
まるで氷の上を滑るかのように、ツバメは地面に近い空を飛んでいく。そのまま飛び去るかと思ったが、狙っていた虫でも取り損ねたのか、そのツバメはU ターンをするようにこちらへと向かってきた。その進路にはゴーちゃんがいる。
僕はグミを投げようとした腕を引っ込めた。ツバメに当たってしまいそうだったためだ――僕のへなちょこな投げ方では、実際にはツバメにかすりもしなかっただろうが。
思った通り、ツバメはゴーちゃんのすぐ上をスーッと飛んでいった。
「あっ……」
グミを待っていたゴーちゃんが、その瞬間口を閉じ、喉を上下させた。
以来僕はグミを食べていない。
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