【短編】落とし物

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僕はよく落とし物を目にする。 それは目の前の人が落としたハンカチだったり。駅前の公園に置いてあったビニール傘だったり。酷い時は今みたいに手紙だったりする。 「参ったな。名前も書いてないし、手紙だから読むわけにもいかないし」 僕は何時ものように落とし物を拾って目立つ位置に置いておこうと思ったが、そんな時に限ってポツポツと雨が降ってきてしまい、傘を持っていなかった僕はそれを持ったまま近くのベンチで雨宿りをしていた。 「交番に届けにいくか?でもな...」 僕は右手に持った手紙を見て考え込む。その手紙は柄物の可愛らしい封筒で1枚のシールで止められていたものだった。 その特徴から多分学生だと踏んだ僕は、これが学生の手紙だとすると、今時の学生が手紙で伝えることなんて幾つかに限られてしまう。そして、そのどれもが他人には見られたくないものだろう。 それゆえに僕の足はこうして止まってしまっていた。 「どうしたものか」 僕はどんどんと雲が濃くなっていく空を見ながら呟く。 もちろんそんな僕の言葉に何か反応が帰って来るわけも無く、僕は手紙をじっと見つめてどうするべきかを考える。 言い方を悪くすればこれは所詮落とし物だ。それにこんな雨まで降ってくれば手紙など捨て置いても誰も取りになど来ないだろう。 それに今もこうしている間に、僕のベランダに干してある洗濯物は濡れてしまっている。 それこそ、このベンチに置いて帰るのも手だろう。結局は赤の他人で、しかも落としているものだ。僕がこんなに考える必要も、ましてやわざわざ交番に届けるような物でもない。 そう言って、僕は自分の事を納得させる言い訳を並べるが、時計に目をやってあと10分は待つかと考えてしまっていた。 そこから15分ほど過ぎたときに、傘を差した中学生ぐらいの男の子がスマホのライトを片手に手紙が落ちていたあたりの地面を照らしまわっていた。 「君!どうかしたのかい」 僕は半分確証を持つと、分かりやすく右手に手紙を持ったままその少年に話しかけた。 少年は僕の方に顔を向ける。すると僕の右手を見た少年は安心したのか、顔の力が抜けて今にも泣きだしそうな顔になってしまい、またすぐ後に、我に返ったように自分の目元を服の袖でぬぐってから僕に声をかけてくる。 「その手紙。僕のなんですけど…返してくれますか?」 少年のその挑発的な態度に、僕は待っていてやったのにその言い草かと思ったが、先程の少年の顔が頭に過って僕は雨に手紙が濡れないように、手招きをしてこっちに来るように誘導する。 少年は僕の目の前まで来ると、横に座ることもせずに、しっかりと睨みつけるように僕の顔をじっと見つめて来る。 「…そんなに大事なものなら落とすなよ」 僕がそう言いながら右手に持った手紙を少年に突き出すと、少年は涙を流すことも我慢せず、その手紙に涙を落した。 僕はその姿に動揺してしまい。どうしていいのか分からなくなってしまい、とりあえずと声を吐き出す。 「とりあえず、座りな」 少年がひとしきり泣き終わると、僕は間を見計らって声をかけた。 「その…話ぐらいなら聞くぞ」 僕のつたない言葉に、少年は僕の顔をじっと見つめて敵意丸出しのまま言葉をぶつけてくる。 「この手紙、読みました?」 少年の敬語はきっと拾っていた事に対する感謝故なのだろう、その使いなれていなさそうな言葉で変に高圧的な態度で質問をしてくる。 「いいや。読んでないよ」 僕は少年の態度に気圧されること無く、優しくそう告げる。すると少年は心臓の近くをスッと撫でおろして、深く息を吐いてから僕に頭を下げる。 「ごめんなさい」 少年のころころと変わる顔と態度に、僕は新鮮味を感じて少し楽しくなってしまう。 「いいよ、いいよ。それより君こそ大丈夫かい」 僕の態度に、少年は驚いたような顔をして、そのあと、また落ち込んだように俯きながら座り直す。 「この手紙ラブレターなんです」 少年は僕が一番稀有していた発言を飛ばしてくる。 「そうか、まあ頑張って書いたのに渡せないのはつらいよな」 僕がそうありふれた言葉を返すと、少年は首を横にブンブンと勢いよく振って、俯いたまま言葉を繋げる。 「違うんです。落としてしまった時は正直かなり焦ったし、落ち込んだんですけど、でもちゃんと口で告白は出来たんで……」 彼の言葉はそこで止まってしまったが、それ故に、その言葉の先が痛いほど想像できてしまう。 「でも君はちゃんと告白出来たんだろ。落ち込んでいたのに、それはすごいことだと思うけどな」 その僕の論点のずれた励ましじゃ彼には到底響くことは無くて、彼はうつむいたまま僕の言葉に反応はしない。 「……ごめんな僕は君を励ますことは出来そうにないから、正直に話すけど、君は落とし物をして良かったんじゃないかって思うんだ」 「どうして、そう思うんですか」 僕の発言に彼は少し不機嫌な声で返してくる。 「手紙なんかで告白したって、ちゃんと傷つけないじゃないか」 「……傷つけない?」 「傷ついたから、その手紙だけでも取りに来ようと思ったんだろ?」 僕がそう言うと、少年は手紙に視線を戻したあと、力いっぱい、その手紙を握りしめる。 「あの人の顔は頭から離れなくて、この手紙ボロボロにしたらスッキリするかなって思ったけど……ダメみたい」 「なら、やっぱりよかったな。その手紙が捨てられるようになったらきっとまた成長できるって」 そう言って僕はベンチから立ち上がって帰ろうとカバンを手に取る。 「成長ってなんすか」 少年の不貞腐れ顔に、昔の自分を重ねてしまい愛おしくなって、僕は笑顔で一言残して歩き出す。 「今日君が経験した事だよ」
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