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マフラー
会計を済ませてから、羽賀香子に向かって手が上がった。同時に壁から背を浮かせる。愛用の黒いリュックを背負いなおして、手櫛で肩につく髪をさっと整えてから並んで歩きだした。
「美味かったな」
「そうだね。値段相応って感じ?」
「おいこら。まあ、こういうところに入っている店だからな」
百貨店の上階レストランだ。早めのランチはメニューの値段に思わず無言になった。が、高級な味は分からなくても、とにかく見た目が好みだった。素材の色遣いや香味野菜の位置。芸術系高校に通う香子としては、目に楽しい昼になった。
「帰ってスケッチする」
「まあ……喜んでもらえて料理も本望じゃないか」
年上の幼馴染――兄の同級生――の乾颯太は苦笑気味だ。
冬も本格化した今日日、店内はどこもクリスマス一色。商戦の中、限定の水性パステルにつられて外出を決めたところ、颯太から連絡があって、連れて行ってもらうことにした。ついでに、同じ百貨店のミニシアター――星空観賞会――も回る予定で、朝から店内を見ていた。観賞会のチケットは午前中に買った。飾りつけの美しい洋菓子コーナーが、特に楽しかった。
人出はそれなりにある。なので、颯太がいてよかったと香子は思った。
何しろ、人が多いと、ちがうものが増える。
例えば、陳列棚の隅にいた動く飾り人形、まるで友人のようにカップルの隣にいた透ける人影。
人とはちょっと違う視界を持つ香子としては、話しかけられて代わりに答えてくれる人がいると、余計なことに巻き込まれずに済み、とても助かる。すでに二回ほど回避していた。
エレベーターを待つ間、そうだ、と颯太が百貨店の紙袋を持ち上げた。
「やるよ」
「なに。クリスマスプレゼント?」
「そんな大層なもんじゃない。ただのおや……どした?」
受け取って持ち手のセロテープをはがして開いて――固まった。急に止まった香子の方を振り返ったところで、半眼で睨みつけた。
「颯太」
「なんだよ」
「趣味が変わったの?」
「はあ?」
「医者になって器用になったとか?」
「お前何言って」
無言で中身を引っ張り出す。アイボリーのやや細めの毛糸で編まれた――ちょっと歪で手編み感がある――マフラー。
「あとはクビになって暇になったとか」
「なってねえ! じゃないなんだこれ!?」
全力で否定した後、颯太が目を見張って紙袋を取り返した。空の袋を逆さに振る。
「知らないぞ俺は。ていうかチョコを買ったんだよ」
「ふうん?」
「ドン引くな。本当だ。さっき地下でお前が見てたから」
綺麗だと観察した記憶はある。うそだろ、と颯太はまだ呆然としていた。
「ずっと手に持っていたんだぞ。さっきは自分の横に置いて……え? 落とした、のか? でもなんでマフラー?」
混乱の最中の颯太に、心の中で合唱してから、香子は瞑目した。
まあ、手から零れ落ちたのは確かだ。ただし。
ぼそりと呟く。やられた、と。
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