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「えーっとね」
神さまは頬に手を当てながら、
「『この人とずっと一緒にいさせてください。それが叶うなら、もう他には何もいりません』って」
「この人?」
「うん。その子、恋人と来てたのよ」
若い女性が、恋人との永遠を願う。ありがちな話だ。うちは特別な逸話がある神社ではないけれど、この通り神さまがミーハーなので、恋愛系の願いはけっこう叶えてもらえたりする。
———しかし。
私は嫌な予感がした。この神さま、さっき、「一語一句ばっちり正確に」願いを叶えた、とかなんとか言っていなかっただろうか。
「あの、神さま」
「なあに」
「恋人とずっと一緒にいたいって言ってたんですよね?」
「うん」
「それが叶うなら、他には何もいらない、とも」
「うん」
「……叶えちゃったんですか? 前半だけじゃなくて、後半部分も?」
「もちろん全部叶えてあげたに決まってるじゃない」
「……」
「なんかまずかった?」
あっけらかんと聞いてくる神さまに、私は額を押さえた。これだから神ってやつは!
つまりこの神さまは、女の子の願いをそのまま叶えた。恋人と一緒にいさせる代わり、文字通り他のすべてを失わせたのだ。たとえば友人とか、社会的地位とか、そういったものすべて。
「それはちょっと、手厳しいんじゃないですかね」
「どうして? 私はお願いを叶えてあげただけよ」
「いくら好きな人でも、他の全部と引き換えにっていうのは難しいですよ」
「……他に何もいらないっていうのは嘘だったの? 私、その気概に感動したから叶えてあげたのに」
「嘘ってわけじゃ……断言はできませんけど、神さまに祈る時、その人はきっと本気だったと思います」
「うーん……千波の言うことって、いつも難しいわ」
本気でわからない様子で、こてんと首を傾げる。
「ええと、つまり……」
どういうふうに伝えればいいのだろう。いや、そもそも伝えることができるのだろうか。
「たとえば神さまが、今日はうどんを食べたいなーって思ってたとするでしょ」
「うん」
「でも、たまたま通りがかったお家から、カレーのめちゃくちゃいい匂いがするわけです」
「うんうん」
「そうしたら、やっぱりうどんよりカレーを食べたいなって思うかもしれない」
「そうねぇ、カレーって匂いがたまらないもの」
「そういうことですよ」
神さまはぱちりと瞬きをする。
「えっ、全然わかんないわ」
自分でもちょっと的外れな喩えな気はしていたけれど、はっきり言われると腹が立つ。
「……つまり! 環境が変われば、心も変わるんですよ。その人は恋人以外にも大切なものがあったけど、失くしてみるまでそれがわからなかったんです。でも、大切だってことに気づいてしまったから、神さまに素直に感謝できなくなってしまったんです」
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