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「悪い二階堂、シャー芯一本くれ」
言葉に反して、これっぽっちも悪びれた様子のない、隣の席の君。
「……どうぞ」
ちょっと面倒だから、右手でケースごと渡してあげた。
「あ、二本出ちまった……貰っていい?」
さっきは「くれ」だったのに、今度はそうやって許可を求めてくる。
「いいよ」
「ありがとな!」
時々イタリア語が出るのは格好付けているわけじゃなく、目元が君そっくりの母親がイタリア人だから。
ああ……何から何まで愛し過ぎる。
高校に入るまで、ぼくは恋をした事がなかった。
周囲の男子たちが人気アイドルや好みのタイプの女子について語り合っているのを耳にしても、ほとんど共感出来なかった。クラスで人気の女子や美人の上級生に告白されても、特別嬉しいとは思えず興味も持てそうにないのでお断りしてきた。
自分はひょっとして同性愛者なのではないかという気がしてきたのは中学三年の頃で、はっきり確信が持てるようになったのはつい最近──そう、四月の進級後に君と同じクラスになり、席が近いのでよく頼み事をされるようになってからだ。
密かに想う君の名は、高嶺麗央。
ぼくにとってはまさしく高嶺の花。だって未だに、頼み事をされる時以外でまともに会話出来た試しがないからだ。
「二階堂、いい加減そいつぶっ叩いていいと思うぞ」
ぼくの後ろの渡君が、麗央を親指で差し、口元に笑みを浮かべながら言った。
「しょっちゅう何かしら忘れて二階堂頼ってんだろ。もっと反省させなきゃ駄目だぜ」
「いやあ、ほんともう毎回反省してるし、マジ申し訳ないって思ってるよ? 俺のこの気持ち、ちゃんと伝わってるよな、二階堂?」
麗央は白い歯を見せ、だらしなく笑った。ああ、その表情が堪らない。
「コラ、うるさいぞお前ら」
国語教師に注意され、ぼくたちは素直に口を噤んだけれど、教師が背を向けた瞬間、麗央はイタズラ坊主みたいに舌を出してみせた。ああ、その色も形もいい舌に吸い付きたい。
ぼくの麗央に対する想いは、日に日に膨らむ一方だ。そして比例するように、不埒な妄想をする回数も増えてゆく。
それもこれも君がいけないんだよ、麗央。
はっきりとした目鼻立ちの魅力的な容姿だから。耳に心地好い声を発するから。どんなスポーツもそつなくこなすから。普段は子供っぽいのに、ふとした時に色気のある大人な男の顔を見せるから。そして毎日のように頼み事をしてくるから。
……わかっているさ、この恋は実らないものなんだって事くらい。
放課後の教室に残ったぼくは、最近起こったばかりの決定的な出来事を思い返した……。
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