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寝室の片隅に鍵が落ちていた。
でも、私のものではない。
落ちていたのは、家の鍵のようだ。
でも、この家のものではない。
この落とし物に心当たりがあった。
鍵はきっと、夫のもの。どうせ、愛人宅で使われているものだろう。
まったく、呆れた夫だ。本妻に見つかるような場所に、不倫の証拠を落とすなんて、どうかしている。
そこまで気が緩んでしまうほど、不倫が私にバレる筈がないと高を括っているのかしら? それとも、何か意図があって、わざと鍵を落としたとか? いずれにせよ、私を見くびっているとしか思えない。
(仕様がない人)
夫のあまりの間抜け振りには心底呆れる。
ため息をひとつ漏らした私は、素知らぬ顔で落ちているものの上にハンカチを落とした。
「あら、イヤね。ハンカチを落としちゃった」
家にいるのは私一人だけだけれど、わざとらしく声を上げて、その下に落ちていたものごとハンカチを拾い上げる。
私の家に落ちているものなのだから、私が拾ったって問題などなにひとつない。
(まったく、汚らわしいったら)
あの女のにおいのするものなんて触ったら、手が汚れてしまう。
「ああ、でも、そうね。どんなものであろうと、鍵をなくすのは困ることよね」
うっかり屋の夫が、また鍵をなくしてしまっても困らずに済むよう、拾った鍵はその日の内に複製しておきましょう。
(そうそう。この鍵も、落とし主の与り知らぬ所にあると、余計に見つけ難くなるでしょうから)
私は優しい妻だから、拾った鍵を元あった場所に、見つけた時と同じように戻しておいた。……但し、それは鍵を拾って少し時間が経ってからのことだけれど。
ちなみに、複製した鍵の在処は私のハンドバッグのポケットだ。
鍵屋で受け取ったまま、うっかり入れっぱなしにしてしまった。まあ、何かのおりに役立つでしょうよ。
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