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わたしは安心して、深呼吸をした。安心すると、先程までの友人に怯えていた自分が、なんだか滑稽に思えて、無意識に笑いがこみ上げてきた。
そうだ。どうして、わたしは友達に怯えていたんだ。それも、あのマユに。マユはのんびりとした性格で、マイペースな、わたしよりもよっぽど女の子然とした可愛い女の子。きっかけは思い出せないけれどなぜかわたしに懐いてくれていて、駆け寄ってくる姿はたまにご主人さまに忠実な小型犬に見えることもある、可愛らしい女の子。それは、保育園の頃からの幼馴染であるわたしが一番知っている。
時々危うげなところはあるけれど、彼女がわたしに敵意を向けたことは一度もない。可愛らしい女の子。わたしが一番知っている。
「よう。どうしたんだ? 道の真ん中で薄ら笑いなんか浮かべてさ」
不意に掛けられた声に、わたしは驚いて身体が跳ねた。その姿を見て、声を掛けた男子も「うおっ」と驚いた声を上げた。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
恐る恐る、男子は声を掛けてくる。
「もう。驚かさいでよ」
わたしは男子に振り返り、文句を言う。
彼はタクミ。同級生だけど違うクラス。家が近所で保育園から同じ。マユと同じく幼馴染というやつだ。いや、家が近所の分、家族同意の付き合いもあるから、マユよりも交流はあるのかもしれない。
腐れ縁。というやつだ。
「本当に大丈夫なのか? ぼうっとして、熱でもあるんじゃないのか?」
「もう、何でもないって言ってるでしょ。いつも言ってるけどさ、心配しすぎ」
わたしよりも誕生日が早くて、先に生まれたからか、何かに付けて心配をして世話を焼こうとする。一人っ子だからって、わたしを疑似妹か何かだと勘違いしているんじゃなかろうか。
「大丈夫なら良いんだ。うん」
タクミはゆっくりと、大きく頷いた。
わたしも一人っ子だからか、タクミに妹扱いされるのが嫌いではない。疑似兄として頼りにしていた時期もあった。わたしが赤いランドセルを背負って、スカートを履いていても。タクミが紺色のランドセルを背負って、短パンを履いていても。性別を無視した友情がそこにはあるのだと、そして、この関係はずっと続くのだとわたしは信じていた。
「でも、ありがと。心配してくれて。嬉しいよ」
わたしが微笑みかけると、タクミは照れくさそうに頬を掻きながら「ああ、うん」と気の無い返事をしてから、目を逸らした。
前はそんな顔をしなかったのに。小学生の頃の彼なら、真っ直ぐにわたしを見据えて、白い歯を見せながら満面の笑顔をうかべたはずだ。「しおらしくて、リエらしくない」なんて悪態を吐いてからかわれたかもしれない。
「さ、帰ろう」
わたしは以前と同じように手を繋ごうと、タクミに向かって手を差し伸べる。彼はその手を握ろうとした。しかし、触れるか触れないかの寸前でなにか思いとどまり、手を引っ込めた。
「手なんて繋がなくていいよ。もう子供じゃないんだからさ」
そっけなく言い、わたしを避けてタクミは歩きだす。
前の彼なら、そんなことはしなかったのに。小学生の頃の彼なら、ギュッと強くわたしの手を握り、はしゃぎすぎてわたしを置いていきかねない速さで走って、わたしをどこまでも連れていってくれたはずだ。
二人、無言で並んで歩く。気まずい空気を吹き飛ばそうと、何か話そうとはするけれど、いらぬ発言で空回りしてしまい、余計に気まずくなってしまわないかと考えると、口を開くのを躊躇してしまう。
いつから、彼と二人で歩くのが苦痛とすら感じるようになったのだろう。小学生の頃のわたし達は、気まずさなんて微塵も感じない、ただの馬鹿な友達だったはずなのに。
いつから、彼はわたしを近所に住んでいる友達ではなく、幼馴染の異性として見るようになったのだろう。彼がわたしを異性として見、接しようとしているのを感じると、わたしも「ああ、わたしは女子で彼は男子。異性なんだ」と意識してしまい、自分の中に潜んだ、未成熟な女が顔を出そうとする。わたしが、自分の知らない何かに変化してゆくようで、とても気味が悪い。
どうして、友達と一緒に下校するだけなのに、こんなにも意識しないとダメなのだろう。とても、疲れる。
こんな腐れ縁なら、いっそ腐敗しきって腐り落ちてしまえばいいのに。
わたしは自分の中に渦巻いたモヤモヤとした空気を排出するように、大きくため息を吐いた。
瞬間、背筋がぞくりと震えて、粟立つのを感じた。
「本当に大丈夫か?」
タクミが心配そうに尋ねる。
「平気」
気のない返事を返しながら、わたしは首だけを少し後方に向け、背後を確認して、すぐに向き直って何事もなかったように装って歩いた。
その日の夜、タクミは死んだ。
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