マユは落しものが得意。

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 タクミの死因は飛び込み自殺。塾の帰りに駅のホームで、電車が通過する瞬間に線路へと飛び降りたらしい。  知人の息子の死に、狼狽えながらタクミに変わった様子はなかったか、悩んだりしていなかったかと尋ねるお母さんに、わたしは「知らない。いつも通りだったよ」と事も無げに答えた。  そうすると、お母さんは「まだ幼なじみが亡くなったのを受け止められないのね。仕方がないわ」と優しく慰めるように言い、わたしにそれ以上の追求をしなかった。  次の日。教室に着くと、何人もの生徒に囲まれた。どこから仕入れてきたのか、情報通な生徒が、昨日タクミが電車に飛び込み自殺をして、更に彼の幼なじみがわたしだと言いふらしたらしい。厄介な人。  犯罪を起こした有名人を取り囲む記者たちのように、四方八方から質問が飛んでくる。わたしは聖徳太子じゃないんだから、聴き分けられるはずがない。  わたしを囲む生徒の中には、見覚えのない違う学年の生徒も、タクミと一切交流のなかったであろう生徒も混ざっている。物好きで、下世話な人たち。人の死をエンターテインメントか何かだと勘違いしているんじゃないだろうか。  逐一答えるのが面倒なので、うつむき加減に目を伏せて「……何も、分からない」と、ぽつりと呟くと、彼らはそれ以上わたしに声をかけられず、波が引いていくようにさあっと去っていった。  友人の死を悼む痛ましい女子を、さらに痛め付けるような無神経さを、彼らは持ち合わせていなかったらしい。  一日中、わたしは伏せ目がちに、幼なじみの死を悼む女子を演じてやり過ごした。 ♯♯♯ 「リエー」 下校中、背後から呼ぶ声にわたしは振り返る。  マユがその身長に似つかわしくない、登山者やキャンパーが好みそうな大きなリュックを揺らしながら、駆け寄ってくる。飛び込む勢いの彼女を、わたしは両手を広げて全身で抱き止める。勢いづいた彼女の体重に、少しふらついた。 「もう、危ないでしょう。一緒になって転んだらどうするの?」 「えへへっ。ごめんねー」  わたしに叱られていることなど意にも介さぬように、マユはじゃれつくようにわたしに抱きつき、胸に顔を埋める。グリグリと顔を押し付けてくる。 「どうしたの? そんなにはしゃいで。なにか良いことでもあった?」 「だって、リエが嬉しそうなんだもん。私も嬉しくなっちゃうよ」  マユは嬉しそうに目を細めて、微笑んだ。 「そんなに嬉しそうに見えた?」 「うん」 「一応、友人の死を悲しむ少女を演じていたんだけど?」 「私には分かるよ。タクミが死んだことになんて微塵も悲しんでない。寧ろ、疎ましい存在が居なくなって嬉しいんだって。一目瞭然。周りの人たちは分からないみたいだけどね。変なの」  心底不思議そうな顔をして、顎に指を当てながらマユは体ごと首を傾けた。  汚いものがこの世界に存在することすら知らないような、純粋な子供の顔。  こんなマユを疑う人間なんて居るはずがない。  タクミは不意に生きていることに対して絶望し、電車が通過しようとしている線路へと飛び、落ちた。飛び込み自殺をした。それだけだ。どこかで起こった自殺を伝えるニュースなんて珍しくもない。    タクミの家族には、忘れられない出来事になるだろう。飛び込み自殺の目撃者には、現場の凄惨さからトラウマを植え付けられた人も居るかもしれない。でも、周囲の人間には関係ない。しばらくは物思いにふけったり、タクミを思い出したりもするかもしれない。  でも、それだけ。  いつかは「そういえばクラスに自殺したやつが居たな」なんて感慨深げに他人に話すだろう。  自殺なんてよくあること。  わたしがこれまで生きてきた中でも、たまたまわたしの嫌いな人たちが、ある人は川に、ある人は自宅のある団地の屋上から地面に、そしてある人は電車の通過しようとしている線路に落ちて、自殺をした。自殺なんてよくあること。  誰もマユを疑わない。  誰も、わたしもマユを責めたりなんかしない。  あれは、自殺。なんだから。  軽やかにステップを踏むように、浮かれながらマユは歩きだした。わたしも彼女のリズムに合わせて鼻歌を歌いながら付いていく。  ――いつもどうやって、バレないようにしてるの?  そう尋ねたら、マユはどう答えるのだろう。好奇心が湧いてきたけれど、口から出すことはしなかった。きっと、いつものように彼女はあの底なしの暗闇のような瞳でわたしを見つめて、答えてくれないだろう。そもそも、聞いた所で意味のないことだ。  ふと、マユのポケットから、ハンカチがひらりと舞い落ちた。デフォルメされたアザラシの幼児向けキャラクターの描かれた、子供っぽい柄のハンカチ。  わたしはマユの落とし物を拾い上げて、彼女に手渡す。 「もう、いつもいつも。気をつけてよ」 「ありがとう。これからは気をつけるよ」  呆れながら注意するわたしとは対照的に、マユは嬉しそうに答えた。 「本当に、マユは落しものが得意なんだから」 「あははー」  マユは曖昧に笑う。    ――♪♪♪  わたしのスマートフォンから、メッセージアプリのお知らせを告げるメロディが流れた。画面を確認し、わたしはうんざりとする。ずっと無視してるのに、何度もしつこくメッセージを送ってくる隣のクラスの男子からのメッセージだった。 「どうしたの?」  わたしの表情から察したのか、マユは訝しげにわたしの顔を覗き込む。 「ああ、いや……」  そこで、わたしは一つ、思いついた。 「これなんだけどさ」  わたしはスマートフォンの画面を、マユに見せる。  わたしの嫌いな人間からのメッセージを。
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