冬空に花火が咲くのなら

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「ねえ、この冬空に花火が咲くなら」 「わたしに会いにきてよ」  キミはそう言って電話を切った。  だけど、あいにく今日は雨だ。  残念だけど、キミとの約束は守れない。  夏の夜空に粉雪が舞わないように。  夕焼け空に星が降らないように。  雨の日に、花火は上がらない。  ――この冬空に、花火は咲かないんだ。  ああ、今年は、  いいことなんて何もなかった。  毎日、毎日。  外にも出られず、キミにも会えず。  気持ちはいつも塞ぎこみ、くもりのち雨。    変わり映えのない灰色の毎日に疲れて、  天気予報を調べても、おなじ。  くもりのち雨……。  そして気づけば、また冬が来た。  ――ねえ。 「なに」  ――ねえ、聞いて。 「約束は守れないよ」  ――天気予報ってさ、絶対じゃないの。 「なんの話?」  ――降水確率100パーセント。 「ああ」  ――絶対じゃない。 「過去、必ず降ったってことだろ」  ――それでも、次は降らないかもしれない。 「キミは」  ――わたしは信じる。  明けない夜はないように。  やまない雨はないように。  冬空に花火は咲くと――。  ボクの”心の中のキミ”は凛として強く、  そう言って、にっこりと微笑む。  ボクは寝ぼけた熊のように、のっそりと立ち上がり、窓の方へ向かう。そっとカーテンをめくり、外の景色をのぞき込む。    くもり空、絹糸のような雨がしとしと降る。だけど、空の向こうの雲のあいだ、遠慮がちにうっすらと差し込む光……あれは?  ――ほらね、絶対じゃない。  ボクは、ふと我に返り、  腕にはめたデジタル時計に目をやる。    夜の18時。  ……まだだ。まだ、間に合う!  いったい、ボクは。  なにをのんびりしていたんだ。  塞ぎ込んでいる場合じゃない。  灰色の毎日に、  疲れている場合じゃないだろう!  雨も晴れると言うのなら。  冬に花火が咲くのなら。  キミが待っているのなら――。  ボクはいつでも全力で、  キミに会いに行かなくちゃいけない。 『ねえ、この冬空に花火が咲くなら』 『わたしに会いにきてよ』  ――いこう、今すぐに!  ボクは大慌てで歯を磨き、ぼさぼさ髪を直す。  お気に入りのジャケットをはおり、  マフラーを首にぐるぐると巻きつける。  会いこう、今すぐ!  キミのもとへ!  スニーカーのかかとを踏みつぶしたまま、  ドアを開けて外に飛び出す。    雨あがりの空の下、路面から照り返す眩しい光が、ボクの視界をさまたげる。  ――待っていて、すぐに行く。  ボクは走る、全速力で。  キミが待っているのだから……!  息が切れても、  肺が悲鳴をあげても、ボクは走る。  駅に着き、電車に飛び乗り、また走る。  ――着いた! キミの家だ。 「なーに息切れてるの」  マンションの2階。  ベランダから顔を出すキミ。  ああ、その笑顔がたまらなく愛おしい。 「はやくあがっておいでよ」 「うん」 「ビールが冷えてる」 「ありがとう」  明けない夜はないように。  やまない雨はないように。  ボクたちは手を繋ぎ、  この冬の花火に想いを寄せる。  さあ、ふたりで夜空を見上げよう。    ――この冬空に花火が咲くから。 ―了―
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