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拾 -樺沢真紀子
大通りから一本入ったところに、昔ながらの商店街があった。
古びたアーケードの下に並んだ店のほとんどが閉業していて、シャッターが下りていた。
ほとんど商店街として機能していない通りだが、駅までの抜け道として使う人たちは、それなりの数、存在していた。
午前九時。樺沢真紀子は今朝も、惰性のままにシャッターを上げた。
この通りを駅へと急ぐ人の多くは若者で、自分が母親から引き継いだまま続けている洋品店の前で、足を止める人などなかった。
それでも、なんとなく店を閉められないのは、母が亡くなる間際、病室で店はどうなったのかと頻りに気にしていた姿が、脳裏に残っているからかもしれない。
霊魂の類いを信じていない真紀子にとっては、この洋品店を続けることで天国の母が喜ぶだとか、そういう気持ちはまったくといっていいほどなかった。
ただ、この店を営業し続けることで、ふとしたときに、生前の母が店の片隅に佇んでいるような、そんな錯覚を覚えるのも事実だった。
シャッターが下りていた店先を、いつものように箒で軽く掃いておく。
どうせ今日もこの敷居を跨ぐ人はだれもいやしないが、通りをゆく人へ向けた、せめてもの強がりのようなものだった。
なにしろ売れないのだから、新しい衣類を入荷するわけにもいかない。
母の時代から店頭にぶら下がっているままの、くたびれた婦人用カットソーやチュニックは、大幅に時代遅れの代物だ。
この店から専門学校に通っていたころは、道行く若者が見下しているんじゃないかと疑心暗鬼に駆られたこともあったが、店主となってはや二十年。そんな段階はとうに通り過ぎた。
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