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母は洋裁が好きな人だった。
幼いころの記憶に残っている母は、いつもこの店の奥の作業台でミシンをかけていた。
当時から商品の売れ行きが良いとは思えなかった。
一度購入していった客のお直しを請け負ったり、規格外の体型の客のため受注の品を縫ったりする余暇で、母は娘の洋服も定期的に仕立てた。
「まきちゃん、次はどんなお洋服を着たい?
このバラ模様の布でワンピースはどうかな?」
一緒に洋品店を建てた父は真紀子が年端もいかないうちに出て行ってしまい、苦労したはずの母だが、真紀子の記憶ではいつも朗らかだった。
幼児のうちは何もわからないまま身に着けていた母の手製の服が、急に魅力を失ったのは小学校高学年のころだっただろうか。
「樺沢さんってどの人? 委員会のプリント渡すように頼まれたんだけど」
転校してきて間もないクラスメートが、一年生のころから真紀子とクラスが同じで仲の良い男子、宮原に尋ねているのが遠くから聞こえてきた。
「樺沢真紀子は……あそこにいるやつ。ほら、あのド派手な服を着てる」
幼稚な声を教室中に響かせながら、宮原が教室の対角にいる自分を指さしてきた記憶が、真紀子の脳裏によみがえった。
その一件以来、真紀子はスーパーの衣類売り場でジーンズやTシャツなど、手作りでは作りづらい服を選んでは、ねだるようになった。
母が自分のために洋服を仕立てようとしている気配を察知すれば、
「柄物はやめて! 地味な色の無地で、スカートかトップスどちらかにして。
学校でワンピース着てる子なんかいないんだから」
と釘を刺すことも忘れなかった。
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