あげものと落とし物

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あげものと落としもの (それにしてもどうしてこんなことになってしまったのか……)、材料と器具を確認しながらDは考えた。 正午に近かったが二日酔いは抜けていなかった。Dはキッチの上方虚空を見つめた。天井の暖色の材質が 目に入った。数瞬後、我に返ってバタバタと動き出す。 アイスクリームを冷凍庫に入れて一息をつく。Dはそのまま携帯電話(スマートフォン)を操作してレシピに目を通した。 画面の端の時刻を見ながらDは安堵した (動きは頭に入っている時間的になんとかなるだろう。) Dはキッチンのコンロに火つけながら電話機を再び手にとって停止していた動画を再開した。 動画は音を立てて流れ続けたがDは全くそっちの方を見ていなかった。 (あとは会長がどういうメニュー) 「大丈夫?」、女の声がした。Hである。 「ああ、なんとかなりそうだよ。」、D。 「本当は天ぷらのためにキッチン貸し出しは気が進まなかったんだけど」、 「悪いな」、Dは若干の悲しさを眉根のあたりに匂わせながら言った。 「まあサークルの活動だししょうがないね。」、Hは後ろの方に視線をずらした後、続けた。 「手伝おうか?」、Hは 「いや、やり方は昨日から調べて覚えているし天ぷらは何度か作ったことがあるから。」、Dはキッチの様相をHに見せた。 火で加熱されている天ぷら鍋と薄いアルミの囲いの様子をDの胴体越しにみながらHは安堵したような表情を浮かべた。 「それにしても……」、H、「いや、やっぱり火は怖いからここにいよう。」 Hは言い終わると別室に行って携帯を持って戻ってきた。そのままキッチンの椅子に座り何かを読み始める。 「スペースは大丈夫だよね?」、H。 高熱の油はジュウジュウと音を立てていた。 「ああ」、Dは沸騰する油以外何も入っていない鍋を菜箸でかき回しながら言う。 彼はHの椅子からいくばくもない距離で調理を続けた。油の音はしばらく変わらない調子で室内に響き続けていた。 「来た?」、。 とあるマンションの一室。HとDが室内に入ってくると女、Jの声がした。室内には十数人の男女がいた。 「司会はどうするんだ?」、誰何不詳のが男の声がした。 「私が」、女の声。声の主はSである。 「それじゃ頼む」、先程の男の声が低い音量で言った。 司会を引き受けたSは軽く頷くと一同の前に出て朗々と喋りだした。 「それでは時間にはまだ早いですがみんな集まったようなので始めます。」、司会S。 「昨日の飲み会で揚げ物の対立概念として新たな料理分類が考案されました。」、司会Sは一拍を置いて再開した。 「落とし物です。」、彼女が言い終わると聴衆から笑いが漏れた。 「落としものとは油で揚げた食品から衣を取って完成させたもの、というのが定義です。まあ言葉遊びですね。剥いだ衣の部分は捨ててもいいですが料理の一部としてつけあわせても構いません」、S、 「はい、それで会長とDくんとその他有志で最高のおとしもの料理を作るというテーマでコンペをやることになりました。」、 「元はと言えば酒席のヨタ話であんまり長引かせるような話でもないので、昨晩深夜に買い出しを済ませ、近所の部員宅で今日の午前中にパパッと調理を済ませて審査員兼任の参加者の皆様に召し上がっていただくことになりました」、 「審査基準は1.美味しさ 2. 必然性・揚げた上で衣を剥ぐ意味がある料理かどうか 3. 自炊性・個人が簡単に作れるかどうか、 4.その他アピールポイント、の4つです。審査は皆様の投票で決定します。」、 「ちなみに3.の自炊性についてはフライドチキンチームから申告があり、例の有名フランチャイズの味が再現できないということで棄権がなされ、エントリーは会長チームとDさんチームの2つになります」、 「ちなみに棄権チームの料理でフライドチキン衣に内側のチキンを取り出してスライスしたものです。そこの机にあるので自由に食べて大丈夫です」、S。彼女のセリフの途中で一同の数カ所から軽い歓声があがり、 言い終わるやいなや4,5人が嬉しそうな顔をしながらフライドチキンの衣の皿に群がっていった。 「はい、ルールはわかったと思いますのでチームごとの作品発表と施策に移りたいと思います。先程くじ引きを済ませましたのでDさんチームからです」、S。 DはSが口を左右を確認して聴衆の前へ歩いていった。 「Hさんは?」、Sは言った。DとSは見回したがHは見当たらなかった。 「いやまあ彼女は天ぷらようにキッチンを貸してもらったので」、Dが言うとSはああ、とでも言うかのような表情をして口を閉じた。 「それでは発表に映らせていただく。俺たちのDチームが作ったのはアイスクリームの天ぷらだ。この料理の特徴は熱い天ぷらの衣のなかに普通のアイスクリームが入っている。衣はカステラを固めたものだ」、D。聴衆の一部からつばを飲み込む音がした。Hの喉元も微かに上下していた。 Dの声が途切れた。場には静けさが戻った 。フライドチキンの衣を貪る音が小さくひびき渡るなか、Dは再び口を開いた。 「審査要件だがまず1.の美味しさ、これはメインの部分が市販のアイスクリームそのままなので説明不要だ」、Dはあたりを見回しながらいった。見回した異論のありそうな表情の顔はなかった。誰かがチキンのつけあわせのポテトを貪る音を 背景にDは続けた。 「そして2.必然性。これはアイスクリームの天ぷらは熱い衣と冷たい中身の落差が魅力の一品だ。だがカステラ製とはいえ天ぷらの衣よりアイス本体のほうが人気が狙えるのは明らかだ。衣を剥がしておくことでこの美味しい方を先に食べることができる」、D、 「次いで自炊性だが天ぷら調理の設備があれば誰でも簡単に作れる。俺も昨日から調べ始めて今朝簡単に作ることができた。」、Dはそこまで言って周囲の一部に怪訝なものがあることに気づいた。 「まあ天ぷらの後始末の問題というのはあるがそれはまあ一般的に自炊でできる範囲内……だと思う」、言いながらDはSの方を見た。Sは平静な表情を崩さず、視線も移さずに黙っていた。 「最後の4. アピールポイント。追加の工夫点だがアイスクリームの中をくり抜いて熱い衣を入れるこれで冷たいアイスを食べていると熱いカステラの衣が出てきて違う味わいを楽しむことができるという、通常版アイスの天ぷらと逆向きの魅力の  一品ができる。これが落としもの版アイスの天ぷらの通向けの楽しみ方といえる。発表は以上だ。温度の関係で賞味期限が短いのでこれから剥いである衣をレンジで急いで加熱して……」、Dの言葉は何者かが開いたドアの音によって遮られた。 「アイスの天ぷら落としもの版、試食セットです。」、Sは手元にある皿を揺らしながら言った。 「お前……」、Dは口ごもった。 「そういえばチーム戦でメンバーだったなと思って。私は何もやってないしここのキッチンにホットプレートがあったから」、Sは口元に微小を浮かべなから言った。 「……すまんな。部屋を使わせてもらっただけでなく……本当に悪いな。ありがとう。」、Dは口元をほころばせながら言った。 アイスの天ぷらには参加者たちが群がっていた。歓声をあげるもの、黙々と味わうもの、どちらかと言えば好評であることは明らかだった。 皿の上が片付いていき、溶けたアイスのわずかな液体ばかりが目立ってきたところでSは口を開いた。 「はい、Dさんありがとうございます。Hさんも待機時間を短縮してくださったようでありがとうございました。続きまして会長チーム、お願いします。」 会長と呼ばれた男がつかつかと前に出て喋りだした。 「はい、皆様おなじみの会長です。私のチームの一品は皮むきオールドファッションドーナツです。作り方はドーナツに包丁をいれていくつかの円柱状の塊にする。そして内側をくりぬいてスポンジ状の少し細い円柱を取り出す。茶色いカリカリとした  外殻部分と内側部分が分かれることにります。外殻部分と内側部分のことを俺はドーナツの皮とドーナツの中身、と暫定的に呼んでいる。」、会長は一気にそこまでまくしたてた。室内のものは固唾を呑んで聞いていた。 「説明が理解できているようで良かった。食べ方としては皮と中身を単に混ぜたり、中身で皮をくるんで食べるという風にになります。」、会長は周囲を見まわして続けた、 「審査要件だが1.の美味しさだが基本は普通のオールドファッションドーナツだ。最初の食感が中身だったり、皮と中身のセットであるので普段とことなる。柔らかい甘みが好きな人間向きの料理だといえる。  次に2.必然性。えー、これは食感の違いを出すために皮を向いて中身を出すことは必須であり明らか。3.自炊性。これは若干辛いが先程の天ぷらと同程度……」、会長の自信に満ちた視線は室内を見回し、Dと目があった。Dは緊張した面持ちだった。 「4.アピールポイント。これだが揚げ物であるため皮の方が脂肪分・カロリーが多い。皮と中身を分けておくことで必要な分だけの皮を残しておくことができる。食感とカロリーをお好みで調整した理想のドーナツを選ぶことができます」、会長は話す速度を少しずつ落としながら口を一旦閉じた。 カロリー、と言ったとあたりで一同の数人目が妙な光を放ったのがSの視界は捉えていた。 「私からの発表は以上です。ドーナツの皮が揚げ物の衣かと言われれば微妙ですがドーナツが揚げ物であることは確かだ。試食品はそこの積まれたタッパに入っています。」、会長。 「はい、ありがとうございました。」、Sはにこやかな顔をしながら言った。 「カロリー対策に対応しているからと食べすぎに注意した方がいいかな」、会長は茶目っ気を含んだ表情をしていた。 会長が言い終わると数人の男女がタッパのもとに移動していった。こころなしか天ぷらのときより足早に見えた。 「あーあ、」、Hは口を開いた。 先程の屋内があったマンションを出て少し離れたところを2人は歩いていた。冬の午後の日差しが路面に鈍い反射光を与えていた。 「負けたな」、Dの言葉はどことなく暗かったい。 「こんなくだらない催しでも負けるとやっぱり悔しい……」、Hの口調にもDのそれと同じような響きの暗さが宿っていた。 「まさかローカロリーでダイエット向けの要素を入れてくるとは思わなかったな」、D。 「あれ、でも私今気づいたんだけどあんな小細工でローカロリーになるくは怪しいというか」、Hが言うとDは苦笑いした。 「まあ会長は軽んじられることもあるけど色々すごい人なんだと思うよ」、D。今度はHが苦笑いする番だった。 「そういえばさ、天ぷらの後片付けが残ってるんで手伝って私の家にいってちゃんとやっていってね」、H。 「うーん、今日は疲れたんだが俺が頼んだんだし自分でやるのが責任というものか」、D。 「やっぱり天ぷらの後片付けって面倒だよね」、Hが笑いながら言うとDも口元を緩ませた。 まだ日が高い路上を2人は連れ立って歩いていった。  
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