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私は下田くんに視線を向けるけれど彼が私を見返してくれることはない。今の会話を疑問に思っても他の社員は誰も彼に聞いてくれない。
困惑していると優磨くんが私を見ていることに気がついた。その優磨くんも不思議そうな顔をしている。
「安西さんと下田って結婚したの?」
「いや、してないよ! そんなの全然……」
奥さんだなんて何かの冗談だろうか。事情を聞こうと他の社員を避けながら下田くんのもとへ向かった。
「下田くん!」
私が近づくと下田くんは焦った顔をした。
「今のどういうこと?」
「え……何が?」
「奥さんて何?」
すると近くにいた人事部の社員が口を挟んだ。
「下田くんこの間結婚したんだよ。新婚さん」
「え?」
下田くんは顔面蒼白になり、私の顔を見ながら口をパクパクさせている。
「いやー……その……」
「どういうこと?」
私の質問に答えたのは人事部の社員だ。
「まだ同期にも言ってなかったの? まあもうすぐ社内報メールで発表されるけどね」
「波瑠……ごめん俺……言ってなかったんだけど……」
下田くんの言葉は彼の頭の上から降ってきた液体によって遮られる。いつの間にか下田くんの横に立った優磨くんが下田くんの頭の上からビールをかけた。ぴちゃぴちゃと床に滴るビールの音に店内は静かになる。
「え?」
下田くんはもちろんその場にいる全員が驚いて動けなくなる。
缶ビールの中身全部を下田くんにかけた優磨くんは怖いくらいの笑顔で言い放った。
「プレオープンと下田の結婚祝いにビールかけだよ」
「…………」
長い静寂を破ったのは下田くんだった。
「おい優磨ー……せめて水にしろよー」
苦笑いの下田くんに徐々に周りも笑顔になる。
「ちょっとトイレで拭いてくるわ」
そう言って下田くんは店を出て行った。呆気にとられた私は優磨くんに手を掴まれ我に返る。
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