第三話 恋にのぼせて頭パーン

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 それから数日後。  夏の爽やかな遅めの朝。  休日を迎えた九蔵は、仰向けにベッドに寝そべり一人優雅なゲームタイムと洒落こんでいた。  ニューイは「真木茄 澄央の家へ行ってくるのだ」と言ってニコニコ出かけていったところだ。  澄央とニューイしか遊ぶ相手がいないインドア派の九蔵なので、こうなると予定がない。  となれば一人で暮らしていた時と同じように、大いにイケメンを愛でるべし。  スマホとオイパッドの二台持ちでソシャゲ巡回。リア恋により滞っていた推しの育成をガッツリしよう。育成素材も潤沢。  あくせく働きシフトを詰めたせいで余った資金は、奮発して課金に使う。  素晴らしい限定ストーリーに目頭を抑え、シナリオライターを脳内で拝み倒す。  スタミナを使い果たしたあとは、スタミナなどない買い切りの恋愛ゲームに従事した。  九蔵はゲーマーだ。全ルート開拓はもちろん、選択肢によるキャラの反応の違いやストーリー分岐、アイテム図鑑まで全て回収する。  休日は早朝からほとんど食事をせずずーっとゲームをしている九蔵なので、ランチ前には半分の図鑑を埋めていた。  乙女ゲーム。  最高じゃないか。  ストーリーやキャラに胸キュンさせられ甘やかされることは当然だが、普通にゲームとしても楽しく集中できる。  ゲームならどんなゲームでも得意な自分はゲームに悩むことなどない。  育成ゲーム、カードゲーム、リズムゲーム、戦略ゲーム、その他いろいろ。なにが乙女ゲームになろうがそこに推しがいるなら全力で極める。九蔵はそうして生きてきた。  変化のない日常。  飽きたと言うことなかれ。変わらないことの美しさを愛でるべきだ。  そう。変化なんていらない。  現実と戦うにはスタミナがいる。スタミナは画面の向こうで摂取する。  だから今日は、休むのだ。 「不〜愉〜快〜!」 「ぐふぅ」  休むのだ、と言ったじゃないか。  ドス、と腹の上に強く顎を置かれ、九蔵はへちゃむくれた息を絞り出した。  文句を言ったのはなにかと自由でイタズラ好きな性悪仮契約悪魔──ズーズィである。実はさっきからずっといた。  ちなみに桜庭の顔だと九蔵が目を合わせないのが嫌らしく、嫌がらせ込みで九蔵の姿に変身している。  ご丁寧に服装も同じだ。ペアルックペアフェイス。軽くホラー。やめてくれ。  一応文句は言ったが、嫌がれば嫌がるだけ愉快に笑う翼ネズミのズーズィ様だった。  まぁ九蔵とズーズィじゃ話し方も表情の作り方も性格も違うので、どちらがどちらかわからなくなることはないだろう。 「はぁ……あのなぁ、不愉快なのは俺のほうですけども?」 「あはっ。おこ? おこなの? ガンガン怒っちゃってオッケ〜! ボク意識されんの大好きっ」  突然襲われた九蔵は引きつった笑みを浮かべるが、ズーズィには効かなかった。ため息混じりにはいはいと受け流す。 「じゃあなにが不愉快なんですか」 「それな〜。ボクがいるのにゲームばっかするとか、なし寄りのなし過ぎじゃね?」 「あ〜……わかったよ」  要するに構ってくれってことか。  九蔵はいろいろな文句を飲み込んで諦め、ゲームを閉じて傍らに置く。  するとズーズィは満面の笑顔を見せ、機嫌よく九蔵の腹にむぎゅうと抱きついた。 「クーにゃんのボクの言うこと聞いてくれるとこはス、キィ〜」 「ぐえ」  どうにか受け止め、九蔵は自分と瓜二つの頭を複雑な気分でなでる。  別に好いてくれて嬉しかったからとか、そういうあれじゃないのである。
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