第三話 恋にのぼせて頭パーン

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 それからしばらくして、ニューイがお弁当を食べ終わった頃だ。 「そういえば、この遊園地にはとあるジンクスがあるのだよ」 「ジンクス?」  首を傾げる。  空の重箱を片付けていた手を止めて振り向くと、レジャーシートを畳みながらニューイは頷いた。  やけにもじもじしている。  恥ずかしいジンクスなのだろうか。  先を促すと畳んだレジャーシートで口元を隠し、大きな体を気持ち縮こまらせて見つめられる。いちいち仕草がかわいい悪魔だ。 「し……城の主を倒して恋しい相手にプロポーズすると、必ず、成功するらしい……っ」  そう言い切ると、ニューイはぽっぽと頬を赤らめた。 「あ、あー……」  だが九蔵は嫌な予感がして言葉に詰まる。  この先の展開は、わからなくもなかった。だからこそ視線を逸らして、返答から逃げる。  できれば答えたくない。 「それでな、九蔵」 「おー」 「私はポンコツ悪魔だから、どういう呪いが働いてそういうジンクスがまかり通っているのか、見当がつかないのだ」 「おー……」  それでも九蔵はなにも気づいていない鈍感を装って、不愛想な顔をした。  曖昧な笑顔ではバレてしまう。  ニューイがきちんとこちらを見て大切にしてくれているからこそ、指先が震えるのだ。 「だからね」  言いざま、ニューイは荷物の中にレジャーシートをしまいこみ、九蔵の手から荷物をそっと奪って二つ分を背負った。  咄嗟に遠慮しようとしたが、声を発する前に、頬を赤らめたニューイがニヘラと笑いかける。 「私がラスボスを倒すことができたら、このジンクスが本当かどうか……九蔵が教えてくれないかい?」  ああ──言われてしまった。  九蔵は硬直し、眉間にぎゅっとシワを作った。  ニューイの言葉の意味は、〝この遊園地をクリアしたらキミにプロポーズするので、返事を聞かせておくれ〟ということだ。  突然アプローチをすると叱られる。  九蔵が困ると知っている。  故に事前に許可をとろう。でも直接的に言うとバッサリ切られるかもしれないので、遠回しにこそーっと。  どうせそういう考えだろう。  つまり九蔵は、これに頷けば、好きな相手から告白される。 「…………」  だからこそ、言葉に詰まった。  悲壮なんて欠片もない。  真っ直ぐに恋をするニューイ。  彼と自分の心は、違うからだ。  笑顔で誤魔化すことが板に付いてきただけで、本当の心は……違うからだ。 (お前は、今でもイチルを愛しているくせに……俺に、プロポーズをするんだな……)  喉の奥が痛かった。まるで未亡人と不倫をしているみたいだ。だってニューイは、今もイチルを愛している。  痛いくらいにわかっていた。  彼のあんな顔を見て、声で聞かせられて、美しい心が見えないほど盲目じゃない。  それじゃあ、自分は?  自分はなぜ、プロポーズをされる?  この問いに、恋に浮かれて舞い上がった頭で頷いてしまったら、自分はもう転生することもなく悪魔の世界でニューイと生きていく。  自覚なんて、なかった。  別物だとわかっていてもいなくても、ニューイはイチルを愛している。  もし九蔵が今、ニューイに好きだと愛を告げても、ニューイは笑って九蔵を愛していると言いながら、心はもうイチルに捧げてしまっているのだ。  だから、プロポーズなんてしてほしくない。  九蔵が顔を上げると、ニューイは逸らすことなくひたむきにこちらを見つめていた。桃色の頬や熱い視線が、恋をしていると語っている。 「いいかな……」  緊張した面持ちで尋ねるニューイ。  ──バカ、いいわけないだろ。  耐えられるわけねぇんだから。  結婚しても、俺はお前と、片想い。  契っていながら──……永遠に。お前は俺に、恋をしない。  俺自身は、愛されねぇんだ。 「……いいよ」  わかっていても頷いてしまうほど、愛しい悪魔の笑顔が眩しくて、恋しくて……九蔵はほんの少しだけ、泣きたくなった。  どこかの誰かが言っていた与太話を、今になって思い出す。 〝幸〟から一を引くと〝辛〟となるのだ、という言葉遊び。  その意味が、よくわかる。  嫌になるほど、よくわかる。  個々残 九蔵は、イチルの残りカス。 「その代わり……ちゃんと、俺の名前を呼んでくれよな」  彼の幸せな恋から一が引かれて残った自分は、恋が辛くて、笑ってしまった。
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