第三話 恋にのぼせて頭パーン

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 だって、澄央しか友達がいない。  九蔵だって澄央が大事だ。  それにたくさんの友人ができたとしても、澄央に嫌われて友達の縁を切られると、大きな傷を負うくらいには無二の友情を感じている。  口元をモニモニとさせながらそう伝えると、澄央は真面目プラスな表情のまま、両腕を真上にあげて「よっしゃー」と言った。 「個人主義のココさんが他人のアレコレを許容するのは、その他人に嫌われたくないからってこと。好き度で許せる度合いが変わるんスね」 「あ〜……でも、みんなそうじゃねーの?」  ポリポリと頬をかく。  澄央は「そうスけどココさんはよりはっきりしてるス」と言う。 「ほら。ニューイにテリトリー侵されて初めはあんだけ困って喧嘩までしたのに、今はちょーっとも怒ってる話聞かねースから」 「っへ……っ?」  途端、指先でかいていた九蔵の頬がカァァ……ッ! と赤くなった。 「大好きスね」 「そっ、別に、ふ、普通の好きですよね」 「いーや。話を元に戻すと、ニューイが大好き過ぎてちょっとしたことも気になってるんでしょ?」 「っ……!」  図星である。 「だってココさん、ニューイに一番嫌われたくねースから」 「っつ……!」  そう、図星である。 「あれだけわかりやすく素直に好き好き言ってくるニューイだからこそ、わからねーと即不安になって〝ボクはニューイの全部がオーケーだから嫌いにならないで〜!〟ってなるんスよ。なんせうちのココさんスから」 「っ〜〜〜〜!」  全て、図星である。  九蔵はもう真っ赤に熟れすぎて、そのままその場にしゃがみこんだ。  ──そうだ。その通りだ。  澄央に嫌われたくないから澄央の言う〝普通は鬱陶しいと文句を言うべき態度〟を許すのだとしたら、ニューイは軽く超えている。  なんせニューイには〝けっして一番になれない永遠の片想いをする結婚〟を許していた。  嫌われたくない。  ずっと一緒にいたい。  ニューイが、好きだから。  ……愛している、から。  それだけで九蔵はニューイのプロポーズにも頷き、彼の喜びを受け止め、微かな違和感を感じる態度にもなにも言わず笑顔で暮らしている。……暮らせてしまう。 「ニューイはいい男ス。喧嘩したほうがいいわけじゃねースけど、ココさんが意見を言って傷つけてぶつかっても、ニューイは離れていかねースよ。わかってるでしょ?」 「そりゃ、わかってる……けど……これは、言えねぇって……」 「なんでスか」  黙って丸くなったままの九蔵の背を、カウンターから厨房へ入ってきた澄央がヨシヨシとなでた。  フロアに客はいない。夕飯時を過ぎると、うまい屋はしばらく暇になってしまう。澄央が少しカウンターを離れても問題ない。 「なんか……わかんねぇんだよ……」  ──心の表し方が、わからない。  九蔵は器用だ。  昔からずっと、器用だった。  自分がなにをすれば相手を困らせるかを知っている。幼い頃からそうしてきたので、誰かと喧嘩をすることは滅多になかった。  察しがいいのだ。  自分が声を上げることでどうなるかという、最悪の未来への、察しが。  平均より一歩早く諦めを覚えた。  ワガママは言わない。両親や教師を煩わせることもなく、周囲の大多数に合わせる。
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