第三話 恋にのぼせて頭パーン

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 自分が誰かの人生のモブキャラクターであることを早々に受け入れ、そつなく生きる。  性格的にもそれは辛くなく、苦もなくこなせた。しょうに合っている。一人のほうが気が楽で、そのまま大人への階段をえっちらおっちら登った。  だけど、たまに、寂しくなる。  自分もいつか、誰かのキラキラと輝く一等星になってみたい。  だからこそ、現実とはかけ離れたメルヘンの主人公に──お姫様に憧れた。  だって王子様に愛されるには、見つけてもらうには、お姫様にならなければならないだろう?  けっしてなれないキラキラの王子様と、けっしてなれないキラキラのお姫様。  どちらも、憧れ。夢だ。  夢なら、いいじゃないか。  ──なれないことくらいわかっているのだから、見ているだけならいくら見たって、いいじゃないか。  そんなモブキャラクターの九蔵は、物語の主人公になれる見目麗しい美女ではない自分でありながら、王子様のようなロマンチックな美男を見つめることに楽しみを見いだした。  けれど、現実は不条理だ。 〝こっち見んなよ、気持ち悪い〟 〝お前男にキャーキャー言ってんの?〟 〝顔しか興味ねぇとか最低だろ〟 『個々残って、男もイケるイケメン好きらしくてさ。先方にセクハラっぽいこと言ったってんで、俺が担当変わったんだよ』  忘れもしない。  前の職場で経験した不条理。  器用な九蔵は、新入社員の頃からなにごともそつなく熟していた。  特別仲のいい人間はいなかったが嫌われることもなく、反抗もしないので上司の機嫌を損ねることもない。  学生時代と違い、社会ではそういう人間のほうが重用される。プライベートがどうであれ、個人的な付き合いがなくても職場では居場所があった。  九蔵は仕事が好きだった。  職場の人間たちも、みんな好きだった。  けれど、同期の一人は要領のいい九蔵を妬ましく思っていたらしい。  注文が細かいことで有名な大病院の院長が自分の担当になった九蔵を気に入り、大口の商品を注文すると決めた。  嬉しかった。  大きな仕事だ。利益も大きい。  無茶ぶりを叶え続けて結果を出した自分を、いつもより少し好きになっていたと思う。誇らしくすら思っていたのだ。  だが、しかし。  ある日出社すると、担当が変わっていた。新しい担当は……九蔵を妬んでいた、同期だった。  そして、あのセリフ。  隠していたはずの嘘偽りない九蔵の性癖と嘘っぱちの理由を絡めて、もっともらしい噂でもってまんまと奪われた初めての大きな結果。  もちろんすぐに否定しようとした。  流石の九蔵も、酷い噂を流されて担当を変えられ黙っているほどお人好しじゃない。  だが、相手が悪い。  同期は九蔵とは違う意味で要領がよく、人脈の広い社交的な男だ。  特別誰にも嫌われていない九蔵に対し、誰にでも好かれている男だった。  九蔵に仲間はいない。  流れている噂を知っても、それを修正する方法がわからない。機会がない。真実だという証明も持っていない。  真実が混じっていることもあり、オタオタしているうちに引っ込みがつかないところまでいって、もう否定できる状態ではなかった。  個々残 九蔵は、器用だ。  ──器用だから、不器用だ。  諦める方法しか知らなかった。  自分の心の表し方を、知らずに生きてきた。  器用に予想して流れていた人生が予想外の回避できないトラブルに見舞われた時……初めて、自分が〝ぶつかってわかりあう〟方法がわからないと、気づいたのだ。  ──だって、だって。  俺が一生懸命に否定しようとしたって、誰も俺の話なんて興味ねぇだろ?  いてもいなくてもいい程度の人間の声より、好きな人間の声のほうがよく聞こえるだろ?  そうだな、わかるぜ。  ──だから……それで、いいよ。
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