第三話 恋にのぼせて頭パーン

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「──そういうことで、俺は不満とかじゃ、ねーんだ」 「…………」 「確かに万々歳じゃねーから落ち込んでたかもだけど……ニューイには言わねぇよ」 「そー……スか」  小さな声で語られた過去と現在の苦悩を聞き、澄央は眉を下げて寄り添った。  夜がうまくいかなかったことと、その理由。ニューイとイチルとの出会いや、はみだしものだったニューイの苦悩と悲哀がイチルによって癒されたこと。  それによって生まれたニューイのイチルへの深い愛情と切望。〝イチルの二番手でいる〟と決めた九蔵の覚悟。  ──そして、それを現実へと確定させてしまう遊園地でのプロポーズ。  掻い摘んでだが全てを聞いた澄央は、九蔵にかけるうまい言葉が見つからなかった。 「……。……」  ただ、九蔵のつむじを見つめる。  あまりにも辛いことじゃないか。  九蔵の性格とそれを形作る記憶や経験を掛け合わせて、どういう覚悟でこうしてニューイを受け入れることにしたのかを思うと、バカな判断だと叱れるわけがない。  もし澄央が「全部言っちまえばいいでしょ」とせっついて怒鳴ろうが、九蔵は言わないだろう。  九蔵が求めているのは、ニューイを傷つけず、困らせず、幸せにできるワガママの言い方。  それが思い浮かばないから、九蔵は覚悟して不安を抱きながらここにいる。  今さら澄央が教えることなどなにもない。嫌というほど本人が知っていることだ。  いっそ自分が全てをニューイに伝えて戦おうかと思い拳を握ったが、九蔵がタイミングよく顔を上げて、ニ、と笑った。 「ナス。絶対、ニューイには言うなよ」 「え」 「言ったら絶交する。……ま、恥ずかしいから」  泣いていると、思っていた。  しかし九蔵の目元は少しも濡れていない。誤魔化す声すら、震えていない。 「馬鹿らしいだろ? お姫様になりたいんですって、ね。俺みたいな男が、ウジウジしてんの」 (──……あぁ、そうか)  その笑い方で、澄央は悟った。  この人は、ずっと、こんなふうにヘタくそな生き方で生きてきたのだろう。  ギュッ、と澄央の眉間にシワが寄る。澄央は無言で強く強く、九蔵の骨ばった硬い体を抱きしめた。 「…………」 「っナス、どした?」 「…………」  九蔵は驚いたが、構うものか。澄央はぎゅっぎゅと痩せぎすのバカを抱きしめる。  クソ野郎の愚かな先輩。腹立たしいほどバカな先輩。  九蔵は泣かない。  涙の止め方を知っている。  辛い時の笑い方も、自分のバカにし方も、本気の心を冗談にする方法も、みんなみんな熟知している。  だけど、甘え方を知らない。  頼り方も、抱きしめられ方も、自分の愛し方も、なにも知らない。人と摩擦しないこの人は、人と触れ合う方法を知らない。  なにも知らない。  この人は、恋の仕方を知らないのだ。  だからとても不器用に、下手くそに、赤ん坊が初めて手を伸ばすような……恋しがり方をする。 「ナス。……こら、ナス」 「…………わかってるスよ」  今すぐニューイに垂れ込んで暴れてやろうと画策したことを察されて、背中を拳でトンと叩かれた。しぶしぶと諦める。 「俺は、ニューイのことも好きスから。アイツがココさんを大事にしてんの、わかってるス。変な態度取るの……傷つけたくてそうしてるんじゃなくて、たぶん、なにか理由があるんだろうって」 「うん」 「けど、わかった上で、個人的には骸骨頭で少林サッカーしてぇス。全力で」 「おい」  真顔でアピールすると、九蔵は「俺が納得してんだからやめなさい」と呆れた。  チッ。べそをかいて姿が戻っているタイミングでひったくってやろうと思ったのだが。
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