第三話 恋にのぼせて頭パーン

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「約束したのだ。約束は守る。キミがそうしたように、イチル、私はキミを愛している。ずっとキミだけを愛していると、私はっ、……」  そうしてグッと噛み締めた唇が痛みを滲ませた時──ふと、背後に気配を感じた。  ニューイは言いかけた言葉を閉じる。突然現れる訪問者の候補は少ない。振り返らずとも、犯人はわかっているのだ。 「悪いけれど、姿を変えてくれ」 「なぁんで?」  墓石から額を離し振り返らないまま言うと、案の定、見知った幼なじみ──ズーズィの声がした。 「あれだけクーにゃんを抱きしめてたくせに、イチルの(カラダ)に縋るなんてさ。クーにゃんの顔は、よっぽど好みじゃないわけ?」 「そうじゃない。九蔵の姿は、どこもかしもこ愛らしい。本心である」 「じゃあなんだよ。ただの骨と石に〝愛してる〟なんて言って、自分はクーにゃんと婚約契約をしたんでしょ?」 「っ」  どうしてそれがバレているのだろう。  ニューイはバツが悪く口ごもる。ズーズィのことだから、言わずにいたので機嫌を悪くして乗り込んできたのかもしれない。 「未練がましい。二枚舌かよ」 「それは……その、でも、だから……九蔵の姿の前では、イチルと話をしたくない」 「どういうこと?」 「言いたくないよ」 「ハッ! バカのくせにいっちょ前に悩んでんのかよ。うっぜ。アホらし」 「ズーズィ」  やむを得ず振り返る。  そこでは話しながら近寄ってきていたズーズィが、間近に立っていた。  擬態能力に長けたズーズィは、近頃の擬態に、最近お気に入りになった九蔵の姿を好んでいる。  姿に興味がない悪魔であるニューイは、前はどうとも思わなかった。けれど今は、なによりかき乱される姿だ。 「用件を早く済ませろ」  いつもより厳しい声が出る。  悪魔らしいじゃん、と笑われたって、取り繕う余裕がなかった。  ズーズィがイチルの墓場にやってきたのは初めてだ。今更墓参りでもあるまい。 「ヒヒヒ。優しくできねー時のニュっちは間違いなく悪魔だとボクは思うけどねぇ」 「…………」 「……ケッ。別にィ。聞きたいことがあったダーケ」  からかっても黙ったままのニューイを前に、ズーズィは口元をニヤけさせ、意地の悪い目でニューイを見下ろす。 「お前さぁ、クーにゃんがプロポーズに頷いた理由、知ってんの?」 「……あぁ、私が自惚れているだろうと、釘を刺しに来たのかい?」 「ハ?」  訝しむズーズィを見つめながら、ニューイは自嘲した笑みを浮かべた。  九蔵が初めより自分に好感を持ってくれていることはわかる。煩わしい悪魔のプロポーズでは決して頷かない。あの子はそういう、揺れない人間だから。  だけどそれは、恋心、恋情からくる好意ではないだろう。 「浮かれた頭が冷めた朝、九蔵の笑顔を見た時……すぐに気がついた」  ──九蔵は、優しい。  それは、イチルを透かして見たから優しいというのではなく、九蔵と暮らして改めて優しいと感じた結論だ。  傷つけたくないから耐え、離れる。  傷つきたくないのではない。  傷つけたくない。  言葉を選び、行動を選び、どんな時も相手や空気をよく見て動く。傷ついた時は我慢するくせに、傷つけた時は逃げ出すほど後悔して自分を責める。  自分のことはちっとも許さないのに、なんだかんだと、相手は許してしまう人。  底抜けに優しいわけではなかった。  一般的な優しいを物差しにして、九蔵はいつも自分を腐す。  けれど、ニューイは知っている。  九蔵の本質は、許すこと。  受け入れること。  いいんじゃねーの? と、人々が眉を顰めるはた迷惑な人間や悪魔を、呆れた顔で肯定する彼の優しさを。  九蔵は、優しい。  だから……みっともない自分を親しんでくれた世話焼きの九蔵は、見捨てられなくてあの時きっと、コントローラーを奪ったのだ。
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