第三話 恋にのぼせて頭パーン

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「同情なんかじゃないって、これでわかっただろっ?」 「う、ぐぅ……っ」 「わかったらさっさとアイツに全部ゲロして、今の自分は九蔵を一番愛してるんだって言ってこいさ!」  ズーズィは叫び、泣きじゃくって脱力するニューイの胸ぐらを強く引き寄せ、ガクガクと乱暴に揺すった。 「だってお前も、アイツのこと、めちゃくちゃ愛してんじゃん……っ!」 (──そうだよ)  ズーズィに言い当てられ、ニューイは歯を噛み締めて溢れそうになった本心を閉じ込めた。  九蔵の気持ちを知らなくても、無理に笑う姿を見てプロポーズを取り消すと決めたニューイは、別れを引き伸ばしてイチルの墓地へ引きこもっている。  もともと、嘘や誤魔化しがヘタでドがつく素直なニューイだ。  幼なじみのズーズィの目から見ると、九蔵を離れがたく愛していると一目瞭然だったのだろう。  しかしニューイはふるふると首を横に振る。必死になって横に振る。ズーズィは、カッと顔を真っ赤にして怒鳴った。 「なに嫌がってんのさクソボケニューイ! お前を本気で愛してるアイツは、お前がなにも言わなくてもお前を優先するんだよっ! ボクとの約束を守ってんのっ!」 「うぅ、うぅ……っ」 「でも、自己肯定感カスだから、お前がイチルだけを愛してるって思い込んでる……っ! お前を困らせて嫌われないように、〝好き〟も〝愛してる〟も言わないイイコでいようとしてんだぞっ! それでも死人を優先して、九蔵を選ばないのかよっ!」 「うぅっ……う〜……っ」  ゴリッ、ゴリッ、と鋼鉄の塊が心を殴打しのしかかるような罪悪感を与えられても、ニューイは頑なに拒否し続ける。 「嘘つき! 嫌なら泣くなよ! どうせアイツが全部承知でお前を本気で愛してたって知って、もっともっと好きになってるくせに……! だからのうのうとプロポーズした自分のこと、殺したいくらい大嫌いなの、わかってるっ……」 「うぅぅ……っ」  どれだけ図星を突かれようとも、ニューイは頷くわけにはいかなかった。  ズーズィの気持ちはよくわかる。  きっと彼には理解できない。  イチルは死んだ。生まれ変わった。九蔵になった。それでいいだろう?  九蔵はひねくれ者のズーズィが認められるほど、傷ついてばかりの大事な幼なじみを愛してくれている。  弱々しい人間でありながら、ズーズィからすると面倒くさくてアホらしいやり方で、懸命に愛してくれている。  ニューイがやっと幸せになるのだから、なぜ躊躇うのかわからない。  そんなズーズィの言い分はよくわかるが、それでもニューイは首を縦に振らなかった。 「バカニューイ……お前、イチルと九蔵が違うって、気づいてたじゃん……」  悲哀と疑問の混じったぼやき。  グッと、胸ぐらを掴むズーズィの手に力がこもる。 「別な九蔵を愛してるのに……なんで、イチルにこだわるんだよ……なんで、九蔵に愛してるって、言ってやらないんだよ……っ」  質問を重ねられると、涙でしとどに濡れた青白い頬が震えた。  ニューイは九蔵の姿をしたズーズィの琥珀色の瞳を見つめながら、恋しげに眉を歪める。  そうだ。わかっていた。  九蔵とイチルは、魂だけが同じで、後はまるで同じじゃない別人。 「だから、ダメなのだ……」 「はっ?」 「九蔵が本気で私を愛してくれているなら、なおのことさよならをしなければならない……」 「なんでっ」  これだけ発破をかけても九蔵との別れを選ばれ、驚いたズーズィは掴んでいたニューイの胸ぐらを離した。  ニューイはドサッ、と柔らかな若草の上に尻もちをつく。  今なら何も言わずに逃げ出すことはできたが、立ち上がる気にはならない。  涙で汚れた、悲痛な慟哭をあげる。 「だって、イチルじゃないなら、私が九蔵を選ぶことは──ただの裏切りじゃないか……っ!」 「っ……!」  土ごと若草を握りしめて、一人きりじゃもう抑えられない罪を叫んだ。
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